【コラム】(プロファイバンカーの視座)第72回 キャッシュフロー・コントロール手法(23) 応用モデル

2021.03.25 連載コラム

ナレッジパートナー:井上 義明


(1) キャッシュ・デフィッシャンシー・サポート(Cash Deficiency Support)続き

前回前々回、キャッシュ・デフィッシャンシー・サポートが必要なプロジェクトファイナンス案件とはどんな案件なのかという点を見てきた。具体例として石油精製事業と石油化学事業が挙げられると説明した。なぜ石油精製事業と石油化学事業はキャッシュ・デフィッシャンシー・サポートがよく用いられるのか。それはどちらの事業も原料の価格と生産物の価格とが並行して上下しない(パラレルに動かない)からである。原料の価格と生産物の価格が並行して上下しない(パラレルに動かない)のは、原料の需給関係と生産物の需給関係が同じではないからである。そのために、事業から生まれるキャッシュフローが不安定になりやすい。ノンリコースを原則とするプロジェクトファイナンスのレンダーにとって、事業(借主)のキャッシュフローが見通しにくく安定していないというのは大問題である。

石油精製事業と石油化学事業は原料の価格と生産物の価格とが並行して上下しない(パラレルに動かない)ために事業から生まれるキャッシュフローが不安定になりやすいという点は図式化・視覚化してみると分かり易い。下記に石油精製事業と石油化学事業の収支構造の概念図をお示ししておきたいと思う。図式化・視覚化することによって読者の理解が深まるものと期待している。

(石油精製事業と石油化学事業の収支構造)

石油精製事業と石油化学事業では、原料価格の動きと生産物価格の動きとが短期間では必ずしも並行していない(パラレルに動かない)ため、事業のキャッシュフロー(上記の図では、青色の収入線から赤色の支出線を差し引いたもの)が圧迫されてしまうことがある。上記の図に灰色の縦線をいくつか入れている。この灰色の縦線を入れた箇所が、事業のキャッシュフローが圧迫されキャッシュフローが厳しくなった事態を例示している。

さて、キャッシュ・デフィッシャンシー・サポートがよく用いられる具体的な事業例として石油精製事業と石油化学事業を挙げて説明してきた。ところで、読者の方々のなかにはこの二つの事業の話題を以前にも筆者が採り上げたことを覚えている方がいらっしゃるかもしれない。以前筆者が石油精製事業と石油化学事業に言及したのは、「PF組成しやすい事業」というテーマで「資源型」事業と「電力型」事業の話題を論じていたときである(本コラム第44回第45回第47回ご参照)。このときには石油精製事業と石油化学事業は「資源型」事業でもなく「電力型」事業でもないという点を指摘し、従って、石油精製事業と石油化学事業はプロジェクトファイナンス案件として組成するのが難しいと指摘した。

つまり、石油精製事業と石油化学事業は「資源型」事業でも「電力型」事業でもなくプロジェクトファイナンス案件として組成しにくい事業なので、プロジェクトファイナンス案件として組成するためにはキャッシュ・デフィッシャンシー・サポートのようなキャッシュフロー・コントロール手法を利用して、組成しやすくなるように試みるのである。表現を変えると、キャッシュフロー・コントロール手法の応用モデルが利用されるプロジェクトファイナンス案件というのは、「資源型」事業でもなく「電力型」事業でもない事業に圧倒的に多く見られる。「資源型」事業や「電力型」事業であれば、プロジェクトファイナンス案件として組成する際にキャッシュフロー・コントロール手法は基本モデルだけで必要十分であることが多い。実はプロジェクトファイナンスの組成しやすい事業である「資源型」事業と「電力型」事業という話題とキャッシュフロー・コントロール手法の話題との間には緊密に関連するものがある。この点は次回もう少し掘り下げていきたいと思う。(次回に続く)

注)本稿で使用した図(石油精製事業と石油化学事業の収支構造)は、本コラム第47回で使用したものと同じものを再掲している。

プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明

*アイキャッチ Photo by Gautam Krishnan on Unsplash

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