【コラム】(プロファイバンカーの視座)第37回 PF組成しやすい事業(23)「資源型」と「電力型」の比較

2019.10.10 連載コラム

ナレッジパートナー:井上 義明


筆者は豪州の金融機関に10年以上勤務していた。同金融機関でもプロジェクトファイナンスの仕事をしていた。豪州は資源国である。鉄鉱石と石炭は同国の二大輸出資源である。例えば2018年9月から2019年8月までの1年間の豪州の輸出総額を見ると、約3,820億豪ドル(約27兆5,000億円)に及ぶ。このうち鉄鉱石の輸出額は約1,160億豪ドル(約8兆3,500億円)、石炭の輸出額が約690億豪ドル(約4兆9,700億円)である。それぞれ豪州の輸出総額の約30%、約18%を占める。鉄鉱石と石炭に加えて、近年LNG(液化天然ガス)の輸出が伸びている。同期間のLNGの輸出額は約613億豪ドル(約4兆4,100億円)に及び、同国の輸出総額の約16%を占めるまでに成長した(注)。LNGはいまや鉄鉱石、石炭に次ぐ同国の第3の輸出の柱になった。鉄鉱石、石炭、LNGなどの事業の資金調達にプロジェクトファイナンスが利用されることは多い。もちろん、これらの事業は皆「資源型」事業である。

豪州はPPP(Private Public Partnership)事業の多い国でもある。PPP事業が盛んな国を見てゆくと、豪州のほか英国、カナダ、シンガポールなど歴史的に英国の影響下にあった国々が多いようである。また豪州では再生可能エネルギー事業、特に風力発電事業が増えている。かつて豪州には石炭火力発電所の新規設立の事業も存在したが、近年二酸化炭素排出の問題で発電事業の主流は既に再生可能エネルギー事業にシフトしている。さらに豪州は降雨量が少なく飲料水に不足しがちで、海水から淡水を造る淡水化事業もある。これらPPP事業、再生可能エネルギー事業、淡水化事業などはすべて「電力型」事業である。

豪州のプロジェクトファイナンス市場を鳥瞰してみると、鉄鉱石、石炭、LNGなどの資源開発向けの「資源型」事業とPPP事業・発電事業・淡水化事業などの「電力型」事業とに大きく二つに分かれる。そして、プロジェクトファイナンスの融資がどんな通貨で行われているのかを見てゆくと、豪州だからと言ってすべて豪州ドルで行われているわけではない。豪州でのプロジェクトファイナンスは専ら豪州ドルと米国ドルの二つの通貨で行われている。筆者は豪州の金融機関に勤務していた頃、豪州人の若い同僚にクイズを出したことがある。それは「豪州でのプロジェクトファイナンスは主に豪州ドルか米国ドルかのいずれかの通貨で行われている。どちらの通貨を使うかはどういう基準で決まるのだろうか」というものである。その同僚は少し考えを巡らしていたが、すぐには正解にたどり着かなかった。意外と自国のことは分からないということかもしれない。

正解は、鉄鉱石、石炭、LNGなどの資源開発向けの「資源型」事業では米国ドルで融資を行い、PPP事業・発電事業・淡水化事業などの「電力型」事業では豪州ドルで融資を行っている。つまり、「資源型」事業は米国ドルで、「電力型」事業は豪州ドルで融資を行う、というのがクイズの正解である。もちろん、重要なのはどうしてそうなのかという理由のところである。理由は、鉄鉱石、石炭、LNGなどの資源開発向けの「資源型」事業ではその生産物のほとんどを海外に輸出しており、従って事業収入が米国ドルだからである。PPP事業・発電事業・淡水化事業などの「電力型」事業では国内向けに財やサービスを販売しており、事業収入が豪州ドルだからである。つまり、借入金の通貨は事業収入の通貨に合わせるのが正しい。

「借入金の通貨は事業収入の通貨に合わせる」という点はもう少し説明をしておきたい。これは何のためかと言うと、当該事業会社で外国為替変動のリスクを回避するためである。事業会社のキャッシュイン(入ってくるお金)の通貨とキャッシュアウト(出てゆくお金)の通貨とが同じあれば、事業会社は銀行で両替(外国為替取引)をする必要がない。両替(外国為替取引)をする必要がないという状態が外国為替変動リスクを負っていないという状態である。

事業会社のキャッシュアウト(出てゆくお金)の主なものは操業費(原材料代や税金を含む)、借入金返済、配当金支払いである。プロジェクトファイナンスを利用している事業会社の場合、通常レバレッジ(総事業費のうち借入で資金調達する比率 – 借入比率)が高いので、キャッシュアウト項目のうち借入金返済の部分がかなり大きい。そこで、事業会社のキャッシュインの通貨とキャッシュアウトの通貨とを一致させるためには、借入金(返済)の通貨と事業収入の通貨とを合わせるのが良いということになる。

注)オーストラリアの輸出額の数値はオーストラリア統計局(Australian Bureau of Statistics)発表のデータから引用した。同統計局のホームページはhttps://www.abs.gov.au/
豪州ドルは1ドル=72円で換算している。

プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明

*アイキャッチ Photo by Jamie Davies on Unsplash

【バックナンバー】
【コラム】(プロファイバンカーの視座)第36回 PF組成しやすい事業(22)「資源型」と「電力型」の比較
【コラム】(プロファイバンカーの視座)第35回 PF組成しやすい事業(21)「資源型」と「電力型」の比較
【コラム】(プロファイバンカーの視座)第34回 PF組成しやすい事業(20)「資源型」と「電力型」の比較
【コラム】(プロファイバンカーの視座)第33回 PF組成しやすい事業(19)「資源型」と「電力型」の比較
【コラム】(プロファイバンカーの視座)第32回 PF組成しやすい事業(18)「資源型」と「電力型」の比較
【コラム】(プロファイバンカーの視座)第31回 PF組成しやすい事業(17)「資源型」と「電力型」の比較
【コラム】(プロファイバンカーの視座)第30回 PF組成しやすい事業(16)「資源型」と「電力型」の比較
【コラム】(プロファイバンカーの視座)第29回 PF組成しやすい事業(15)「資源型」と「電力型」の比較
【コラム】(プロファイバンカーの視座)第28回 PF組成しやすい事業(14)「資源型」と「電力型」の比較
【コラム】(プロファイバンカーの視座)第27回 PF組成しやすい事業(13)「資源型」「電力型」の例外

【おススメ!】
セミナーのご紹介:『海外プロジェクトファイナンスの実務【基礎編】』の開催 (2019年10月18日)
セミナーのご紹介:『海外プロジェクトファイナンスの実務【応用編】』の開催 (2019年11月15日)
セミナーのご紹介:『 海外プロジェクトファイナンス・パック【電力編】+【資源編】』の開催 (2019年12月5日、12日)

, , , , , , , , , , , , , ,


デロイト トーマツ|インフラ・PPPアドバイザリー(IPA)
ISS-アイ・エス・エス

月別アーカイブ