2024.12.04
【コラム】(プロファイバンカーの視座)第35回 PF組成しやすい事業(21)「資源型」と「電力型」の比較
2019.09.12 連載コラム
これまで「資源型」事業は輸出事業が多いという点を指摘してきた。これに対して「電力型」事業の典型である電力事業は国内事業である(ラオスの水力発電事業が電力をタイに輸出しているが、電力を他国に輸出する例は珍しい)。この違いは事業収入の通貨に影響を与える。輸出事業が中心となる「資源型」事業の事業収入は通常米国ドルである。石油、天然ガス(LNG)、石炭、銅、ニッケルなどの「資源型」事業ではほとんど生産物を輸出しており、その事業収入の通貨は米国ドルである。そして現在米国ドルが基軸通貨であるのは疑いがない。
一方、国内事業である電力事業の事業収入の通貨はどうであろうか。例えば、新興国で行う電力事業(IPP事業)であったとしたら、その事業収入の通貨はどうなるであろうか。新興国で電力事業(IPP事業)を行う場合、電力の購入者(オフテイカー)は当該国の国営電力会社であることが多い。その国営電力会社が国内の電力供給を担っているからである。国営電力会社はIPP事業者から購入した電力を国内の需要者へ送配電する。その需要者から国営電力会社が受け取る電力代金は通常同国の通貨である。そういう事情から、国営電力会社はIPP事業者に対しても同国の通貨で電力代金を支払いたいと思っている。米国ドルは新興国にとって外貨であるので、外貨の使用を抑えたいという考えもある。しかしながら、外国資本(日本の資本も含む)を中軸にしたIPP事業者は新興国の通貨で電力代金を受け取るのは避けたい。なぜかと言うと、新興国の通貨の価値は不安定なので、万が一暴落でもしようものならIPP事業が立ちゆかなくなるからである。
新興国の国営電力会社は同国の通貨で電力代金を支払いたい。外資のIPP事業者は電力代金を価値の安定した米国ドルで受け取りたい。両者の間には電力代金の通貨を巡ってちょっとした相剋がある。この両者のニーズを両方とも満たす方法はあるのか。そこでよく使われている手法が「米国ドルリンクの現地通貨払い」である。電力代金の支払いは現地通貨で良い。しかし、都度の電力代金の現地通貨払いの際に、現地通貨の価値を直近の米国ドルの価値に紐づける方法である。例えば、ある月の電力代金が現地通貨の単位で100だったとして、翌月同通貨の価値が仮に米国ドルに比べて50%下落したとしたら、翌月の電力代金は現地通貨の単位で200支払うということである。こうすることによって、電力代金を受け取ったIPP事業者は米国ドルに換算した際に現地通貨の価値の下落の影響を回避できる。
「米国ドルリンクの現地通貨払い」は現地通貨の価値の下落のリスクを回避する手法である。しかし、この手法が常に万全な手法であるかというと、実はそうでもない。というのは、先に採り上げたインドネシアの石炭火力発電所(パイトン発電所)事業では「米国ドルリンクの現地通貨払い」の手法が採り入れられていたにも拘らず、国営電力会社は暴落前の価値のインドネシア・ルピアで電力代金を支払ってきた。電力代金を支払う側である国営電力会社にとっては、ルピアが米国ドルに対して約5分の1になってしまうほど大暴落を起こしていたので、従前の約5倍の額のインドネシア・ルピアを支払わなければならなかったが、それはとてもできなかったのである。
この経験は我々にどういう教訓を残したか。それは「国内事業である電力事業は結局その国の経済状況に依存する」という教訓である。そして「米国ドルリンクの現地通貨払い」という手法は現地通貨の小幅な下落には機能するだろうが、大幅な下落では機能しかねる、ということである。
プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明
*アイキャッチ Photo by Niko Lienata on Unsplash
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