【コラム】(プロファイバンカーの視座)第33回 PF組成しやすい事業(19)「資源型」と「電力型」の比較

2019.08.08 連載コラム

ナレッジパートナー:井上 義明


「電力型」事業は長期のオフテイク契約があるために事業収入が安定している一方で、長期オフテイク契約なしには事業が存続し得ない、と前回指摘した。従って、長期オフテイク契約に一旦緩急あると事業の存続自体が危ぶまれるとも指摘した。「電力型」事業にとって長期オフテイク契約の存在は強みであり、また弱みでもある。

「電力型」事業における長期オフテイク契約については、当然オフテイカー(生産物の購入者。例えば電力の購入者)の信用力や契約の履行能力を評価してゆく。例えば、20年という長期間に亘ってオフテイカーは契約を履行し続けることができるのかどうか。この見極めは非常に重要である。時折長期オフテイク契約の契約内容にばかり気を取られ、オフテイカーの信用力や履行能力の評価を後回しにするケースを散見する。これは本末が転倒しかねない。まず信用力があり契約履行能力のあるオフテイカーを選ぶのが先決である。たとえ事業主にとって有利なオフテイク契約の内容だったとしても、オフテイカーの信用力や履行能力が脆弱であったならば、そのオフテイク契約は将来「絵に描いた餅」になりかねない。長期的には履行の危ぶまれるようなオフテイク契約ではその価値は半減する。オフテイク契約の内容がいくら優れていようとも、オフテイカーの信用力や履行能力を補うものではない。長期オフテイク契約は、オフテイカーの信用力・履行能力が十分備わっていてこそ意味があるのである。

さて、「電力型」事業でその強みが弱みに転じた実例をひとつご紹介したい。それは1990年代後半に発生したインドネシアの実例である。今からおおよそ20年前の出来事なので、当時のことを知る人が昨今減ってきている。先日も30代の商社マンと話しをしているときにこの話題になったが、「少し聞いたことはあるが、詳しい内容はほとんど知らない」とおっしゃっていた。

1997年の夏、タイのバーツが暴落した。それまで東南アジアの新興国に流入していた資金が一斉に引き始めたのが直接の原因と言われている。これが1990年代後半の「アジア金融危機」の始まりである。1998年年頭にはインドネシアのルピアが暴落した。タイからインドネシアに金融危機が伝播し始めたのである。インドネシアのルピアは当時米国ドルに対して、その価値が約5分の1にまで下落してしまった。驚くべき下落幅である。

当時完工を目の前に控えた大型の石炭火力発電所(パイトン発電所)事業があった。インドネシアの国営電力会社と長期の電力売買契約を締結していた。予定通り操業を開始したが、国営電力会社が電力代金を十分に支払ってこない。電力代金の支払いは米国ドルに紐づけられていたが、実際の支払い通貨はインドネシア・ルピアである。国営電力会社はインドネシア・ルピアでの電力代金支払いは認められていたが、その支払額が暴落前のルピア額だったのである。発電事業会社がこれを銀行で米国ドルに両替すると、米国ドルでは所期の約5分の1程度の金額にしかならない。約80%が不払いである。

「電力型」事業は長期オフテイク契約によって安定的な事業収入が期待できる。こういうふうに昔も今も評価されてきた。しかし、オフテイカーが契約を履行してくれないと、事業は致命的な打撃を受ける。多くの「電力型」事業では、当初のオフテイカーが問題を起こした際に別のオフテイカーに代えるというのも難しい。特に新興国の発電事業ではなおさらである。

ちなみに、上記のインドネシアの石炭火力発電事業は、約3年に及ぶ難しい交渉を経て事業は再建された。今世紀になって隣地にもう1基発電所が増設され、さらに一昨年(2017年)には事業会社が大型の債券発行に成功するなど事業主の資金回収が進んでいる。(この稿続く)

プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明

*アイキャッチ Photo by Ikhsan Assidiqie on Unsplash

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