【コラム】(プロファイバンカーの視座)第66回 キャッシュフロー・コントロール手法(17) 基本モデル

2020.12.24 連載コラム

ナレッジパートナー:井上 義明


(4)配当制限(Dividend Restriction)続き

前回に続き配当制限を採り上げる。前回の最後のところで、配当制限の具体的な内容のうち「3.デフォルトが発生していないこと」という条件について、少々疑問に思う方がおられるのではないだろうかと問いかけた。なぜなら、事業会社の資金が枯渇してデフォルトを起こしているのであるなら、そもそも配当金に充てる資金もないはずだ。従って、「デフォルトが発生していないこと」という条件は、言わずもがなの条件ではないのか。

これはもっともな疑問である。この疑問に対する答えは次のようなものである。それはデフォルトとは何を意味するのかをよく見てみる必要があるということ。つまり、デフォルトの定義は何かということをもう一度見てみる必要がある。疑問に思われた方はおそらくデフォルトの定義を借入金の返済ができないと捉えたのではないだろうか。借入金の返済ができないデフォルトのことをノンペイメント・デフォルト(Non-Payment Default)という。ノンペイメント・デフォルトはもちろん典型的なデフォルトで、重大なデフォルトである。しかし、デフォルトの意味をこの典型的なノンペイメント・デフォルトだけに限定して解釈してしまうと、「3.デフォルトが発生していないこと」という配当制限の条件はよく理解できない。繰り返しになるが、事業会社の資金が枯渇してノンペイメント・デフォルトを起こしているのであるなら、そもそも配当金に充てる資金もないはずだということになってしまう。そうすると、「3.デフォルトが発生していないこと」という条件は無意味な条件ではないのかということになってしまう。

そもそも融資契約書におけるデフォルトの定義は通常ノンペイメント・デフォルトだけを指すわけではない。融資契約書におけるデフォルトの定義は通常もっと広範に定義されている。例えば融資契約書に定められた細々としたコベナンツのうちの一つに違反しても通常デフォルトである。つまり、融資契約書に記載されている諸々の義務のうちの一つにでも借主が違反すると通常デフォルトになる。デフォルトというのは契約違反全般のことを広く指すのが普通である。もっとも、デフォルトというカタカナの日本語では、特に金融の世界で使用されると専ら「債務不履行」「返済不能」というような意味でよく使われる。例えば「南米某国の国債がデフォルトを起こした」などと言うときがその例である。そのために誤解が生じやすいのではないかと筆者は思っている。

さて、そうすると「3.デフォルトが発生していないこと」という条件が意味しているところは、融資契約書に違反していないことという意味になることが分かった。もちろん、ノンペイメント・デフォルトのケースも含まれるが、既に指摘の通り、ノンペイメント・デフォルトが発生しているときには配当金に回す余資もないはずだから、この条件に関する限り、ノンペイメント・デフォルトのケースはあまり意味がない。

重要なのは、この条件が広く融資契約書に違反していないことを求めており、それは具体的にどういう意味があるのか、という点である。この点は改めて確認をしておく必要がある。例えば、プロジェクトファイナンスの融資契約書には借主が遵守しなければならない多くのコベナンツが存在している。借主がそれらのコベナンツのうちの一つにでも違反するとデフォルトである。このようなデフォルトは比較的軽微で形式的でもあるので、テクニカル・デフォルト(Technical Default)と呼ぶ。そういうコベナンツの中には、例えば四半期ごとに決算書をレンダーに提出するというものもある。借主の事業が順調に行っていれば、この手の資料提出の義務はややともすると看過しがちである。借主は「事業が順調に行っているんだから、言うことはないでしょう」という気分になるかもしれない。しかし、四半期ごとの決算書を期限までにレンダーに提出していなかったとすると、融資契約書上のデフォルト(テクニカル・デフォルト)である。未提出のままでは配当金を払い出すことができない。この例からも明らかなように、「3.デフォルトが発生していないこと」という配当制限の条件は、融資契約書に記載された多くのコベナンツの悉くを借主に遵守してもらうという強制力の効果があることが分かる。(この稿続く)

プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明

*アイキャッチ フォトポールCastaniéUnsplash

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