【コラム】(プロファイバンカーの視座)第63回 キャッシュフロー・コントロール手法(14) 基本モデル

2020.11.12 連載コラム

ナレッジパートナー:井上 義明


(3)デッドサービス・リザーブアカウント(Debt Service Reserve Account)続き

前回はデッドサービス・リザーブアカウントを代替する銀行保証書(Bank LC)を見てきた。銀行保証書の受益者はプロジェクトファイナンスのレンダーであるという点も確認した。さて、銀行保証書の依頼人は誰になるのであろうか。銀行保証書の依頼人は通常スポンサー(事業会社への出資者)である。スポンサーが複数存在する場合にはやや話が複雑になる。なぜなら、それぞれのスポンサーの信用力が必ずしも同等ではないからである。信用力が異なると保証料率も異なる。そうすると、信用力の異なる複数のスポンサーを依頼人として銀行保証書を発行する場合には、保証料率の算定がやや煩わしい。この場合、各スポンサーの出資割合(保証割合)に応じて加重平均して保証料率を算出するのが普通である。保証料率の算定はやや煩わしいものの、算定は可能である。

デッドサービス・リザーブアカウントの代替としての銀行保証書の依頼人は通常スポンサーであると記したが、この点で昨今少々変わったケースが散見されるのでご紹介しておきたい。それはこの銀行保証書の依頼人がプロジェクトファイナンスの借主である事業会社自身となるケースである。この場合、銀行保証書の発行銀行は当該プロジェクトファイナンスのレンダーのうちの一行(あるいは数行)であることが多い。

プロジェクトファイナンスの借主である事業会社が依頼人となってデッドサービス・リザーブアカウントの代替である銀行保証書を発行するとは一体どういうことであろうか。まずスポンサーや借主の視点から見てみる。スポンサーは銀行保証書の依頼人にはならないので、万が一の際に発行銀行が銀行保証書に基づく支払いを行っても発行銀行に対して補償する必要がない。従って、スポンサーとしては負担がなく大歓迎であろう。この場合、事業会社(借主)が銀行保証書の発行銀行から補償を求められる。しかし、事業会社はプロジェクトファイナンスの借主である。しかも、発行銀行が銀行保証書に基づく支払いを行うときというのは、そもそも借主自身が資金不足を起こしているときのはずである。資金不足を起こしているから銀行保証書に基づく資金供与が行われるわけである。そうだとすると、借主が銀行保証書の補償を発行銀行から請求されたときには、もはや補償することができないほど資金が払底している状態のはずである。言い方を変えれば、借主に十分な資金があるのであれば、その資金でプロジェクトファイナンス・レンダーに約定元利金を支払えば良いわけで、そうしていれば銀行保証書に基づく発行銀行による資金供与は行われることはない。従って、依頼人である借主が補償を求められるという事態にも至らない。

このケースを一応銀行保証書の発行銀行の視点からも見ておく。銀行保証書の発行銀行はプロジェクトファイナンスの借主である事業会社の信用リスクを取っている。銀行保証書の発行銀行の依頼人に対する補償請求権は通常プロジェクトファイナンス・レンダーのローンの返済請求権とプロラタ・パリパス(注)であろう。銀行保証書の発行銀行がプロジェクトファイナンスのレンダーのうちの一行(あるいは数行)であるとすると、この銀行は自行が保有するプロジェクトファイナンスのローン金額に加えて、銀行保証書の補償請求分も自らのエクスポージャーに加算される。しかも、銀行保証書に基づいて資金供与を求められるときというのは、事業会社が資金繰りに困難を来たしたときである。ということは、銀行保証書の発行銀行は、事業会社の事業が順調に推移しているときには何の問題もないが(保証料も受領できるが)、万が一事業会社が資金繰りに困難を来たしたときには銀行保証書に基づいて資金供与を求められるので自行のエクスポージャーが増加してしまう。これは甚だ不都合ではないだろうか。

筆者の私見ではあるが、デッドサービス・リザーブアカウントの代替として銀行保証書を発行する際にプロジェクトファイナンスの借主である事業会社が依頼人となる場合、発行銀行の役割を引き受けるプロジェクトファイナンス・レンダーはあまり賢明とは思えない。なぜなら、上記の通り、事業会社の資金繰りに困難を来たしたときに限って自行のエクスポージャーが増加するからである。デッドサービス・リザーブアカウントの代替である銀行保証書の発行は、スポンサー(事業会社への出資者)を依頼人とするのが王道であろう。

注)プロラタ・パリパスは英語でpro rata pari passuと表記する。プロラタは比例按分、パリパスは同順位を意味する。従って、プロラタ・パリパスとは、請求権が同順位で請求金額に応じて比例按分するという意味になる。

プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明

*アイキャッチ Photo by Tim Trad on Unsplash

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