【コラム】(プロファイバンカーの視座)第55回 キャッシュフロー・コントロール手法(6) 基本モデル

2020.07.09 連載コラム

ナレッジパートナー:井上 義明


前回はインドのファイナンス(融資)事情に言及した。インド国内の企業向け融資にキャッシュフロー・コントロール手法が利用されている事例をお示ししたものである。キャッシュフロー・コントロール手法はプロジェクトファイナンスで頻繁に利用されているものであるが、他のファイナンス(融資)でも利用されることが少なくない。そういう点ではキャッシュフロー・コントロール手法そのものはかなり汎用性を持っている。

さて、前々回キャッシュフロー・コントロール手法の体系を概観した。そのときにキャッシュフロー・コントロール手法は「基本モデル」と「応用モデル」に大きく二分できるという説明をした。この二分法は実務家の間では概ね暗黙知(注)になっているものと筆者は理解している。必ずしも形式知として一表に整理されたうえで周知されているというわけではない。経験豊かな実務家なら「言われてみれば、それはそうだね」と素っ気なく答えるかもしれない。一方で、プロジェクトファイナンスの仕事に初めて関わるようになった人は早期に実務知識を身につけたい。全体像を把握してゆきたい。そういう人のためにはやはり知識の体系化や知識の言語化は必要である。職場の先輩には「そのうち分かるよ」と後輩を諭す人がいるが、そういう先輩は実は知識の体系化や知識の言語化の重要性を軽視しているのかもしれない。キャッシュフロー・コントロール手法の二分法は知識の体系化の一環であり、特に斯界新任の方々には有用だと思う。

今回からまずキャッシュフロー・コントロール手法の基本モデルを見てゆくことにしたい。キャッシュフロー・コントロール手法の基本モデルには次の4つがある(前々回の表の再掲)。

上記の4つをキャッシュフロー・コントロール手法の基本モデルとしたのは、プロジェクトファイナンス案件なら必ず組み込まれているからである、という点は既に指摘した。さて、これら4つの基本モデルのキャッシュフロー・コントロール手法を見てゆくと、役割や機能がそれぞれ異なることが分かる。まず、基本1の収入アカウント(Revenue Account)であるが、これは事業会社の事業収入をコントロールしようとするものである。事業会社のすべての収入を把握しようとするもので、いわゆる「入りを量る」ことを目的としている。それに対して、基本2のキャッシュ・ウォーターフォール(Cash Waterfall)と基本4の配当制限(Dividend Restriction)は事業会社の事業支出をコントロールしようとするものである。いわゆる「出ずるを制す」ことを目的としている。最後に、基本3のデッドサービス・リザーブアカウント(Debt Service Reserve Account)であるが、これは事業会社のキャッシュフローが不足したときに借入金の約定弁済分に充当するための準備金である。

つまり、キャッシュフロー・コントロール手法の基本モデルの4つは、役割や機能の観点から、事業収入をコントロールするもの(基本1の収入アカウント)、事業支出をコントロールするもの(基本2のキャッシュ・ウォーターフォールと基本4の配当制限)、約定弁済の準備金(基本3のデッドサービス・リザーブアカウント)の3種類に分けることができる。これを一表にまとめると次の通りである。

次回からキャッシュフロー・コントロール手法の基本モデルのひとつひとつを見てゆきたいと思う。

注)暗黙知(Tacit knowledge)という言葉を初めて使用したのはハンガリーの化学者マイケル・ポランニーである。経営学者の野中郁次郎氏は暗黙知を「経験や勘に基づく知識のことで、言葉などで表現が難しいもの」と定義している。プロジェクトファイナンスは実務の世界なので、暗黙知あるいはそれに類したものが多く存在していると筆者は考えている。

プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明

*アイキャッチ Photo by Jorge Fernández Salas on Unsplash

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