【コラム】(プロファイバンカーの視座)第54回 キャッシュフロー・コントロール手法(5)

2020.06.25 連載コラム

ナレッジパートナー:井上 義明


前回はプロジェクトファイナンスにおけるキャッシュフロー・コントロール手法の体系を概観した。キャッシュフロー・コントロール手法には、プロジェクトファイナンス案件なら必ず用いられている手法である「基本モデル」と案件ごとに工夫を凝らしている手法である「応用モデル」とがある、という点を整理した。

ところで、筆者は最近インド(注1)の事業投資案件に関わった。その事業投資案件に対してインドの地元金融機関が融資を提供してくれることになった。インドの地元金融機関による融資の条件はいわゆる融資のタームシート(注2)に見事にまとめられていた。この融資のタームシートを観ていて気付いたことがある。それはインドの地元金融機関の融資条件の中に、プロジェクトファイナンスのキャッシュフロー・コントロール手法が多数利用されていたことである。このインドの地元金融機関による融資はインド国内に設立された事業会社に対する融資である。ノンリコースのプロジェクトファイナンス案件ではない。インドの地元金融機関(レンダー)はインド国内の事業会社(借主)に融資をする一方、同事業会社の出資者(外国企業)へリコースできることとなっている。つまり、親会社(外国企業かつ出資者)による債務保証を取っている状態である。それにもかかわらず、レンダーは事業会社(借主)に対して、プロジェクトファイナンスのキャッシュフロー・コントロール手法を多数利用していたのである。

インドの地元金融機関は、具体的には次のようなキャッシュフロー・コントロール手法を利用していた。まず、収入アカウント(Revenue Account)、キャッシュ・ウォーターフォール(Cash Waterfall)、デッドサービス・リザーブアカウント(Debt Service Reserve Account)、配当制限(Dividend Restriction)である。これらは筆者がキャッシュフロー・コントロール手法の「基本モデル」と呼んでいる一式である。さらに、キャッシュ・スイープ(Cash Sweep)も融資のタームシートに記載されていた。これは、キャッシュフロー・コントロール手法の「応用モデル」の一つである。つまり、キャッシュフロー・コントロール手法の基本モデル一式と応用モデルのうちの一つを利用していたということになる。

インドの地元金融機関は親会社(外国企業かつ出資者)にリコースできるのに、どうしてこういったキャッシュフロー・コントロール手法を多数利用しようと考えたのであろうか。それはおそらく、事業会社(借主)の事業はインド国内の事業なので、そこから創出されるキャッシュフローを十二分にコントロールしたいと考えたからであろう。事業会社(借主)の親会社はインド国外にある外国の会社である。親会社にリコースできるとは言っても、親会社はインド国外の会社なので、債務保証の履行を請求するときなどは手続きに時間がかかる(インドの裁判権や執行権も原則及ばない)。親会社へのリコースはあくまで最終手段としておき、まずは借主であるインド国内の事業会社への債権管理を最優先で考えているのであろう。そのためには、インドの事業会社(借主)のキャッシュフロー・コントロールは欠くことができない。インドの地元金融機関はこう考えたものと推測すると合点がゆく。

インドの融資の事例をご紹介したのは、プロジェクトファイナンスのキャッシュフロー・コントロール手法はプロジェクトファイナンスの世界でしか利用されていないというものではないということを示したかったからである。キャッシュフロー・コントロール手法の多くはプロジェクトファイナンスの世界で頻繁に利用されているものであるが、インドの融資の事例にも見られるように、ファイナンス(融資)の世界全般でも広く利用され、かなり汎用性を持っているものである。

注1) インドのファイナンス(融資)条件には特異な点がいくつ見られる。例えば、インドではレンダーの判断で融資全額の返済を借主に求めることができる条項(これは借主の期限の利益を一方的に奪う条項)が入ることがある。さらに、レンダーの判断で借入金の金利水準(具体的にはマージン部分)を引き上げることができる条項も入ることがある。これらの条項はいずれも先進国の融資ではけして見られない、驚くべき条項である。そして、いずれも借主に甚だ不利な条項であることは言うまでもない。

注2) 融資のタームシートは融資条件を要約したものである。融資条件の交渉はこの融資のタームシートを通じて行われるのが普通である。また、合意した融資のタームシートを基に融資契約書が作成されてゆく。

プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明

*アイキャッチ Photo by Previn Samuel on Unsplash

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