【コラム】(プロファイバンカーの視座)第56回 キャッシュフロー・コントロール手法(7) 基本モデル

2020.07.23 連載コラム

ナレッジパートナー:井上 義明


キャッシュフロー・コントロール手法の基本モデルについて、ひとつひとつ説明を行っていきたい。

(1)収入アカウント(Revenue Account)

まず、収入アカウント(Revenue Account)である。これは借主である事業会社の銀行口座の話である。事業会社の収入は特定の銀行口座に必ず入金するようレンダーが求めているものである。その理由は事業会社の収入を漏れなく透明性を持って把握したいからである。プロジェクトファイナンスの文脈では、これをレンダーが要請するわけではあるが、事業会社の収入を漏れなく透明性を持って把握することは、実は企業のガバナンスの観点からも当然のことである。プロジェクトファイナンスを利用していようがしていまいが、事業会社として当然やるべきことである。従って、プロジェクトファイナンスのレンダーは、当たり前のことを要請しているに過ぎないとも言える。

例えば、事業会社が収入を銀行口座への入金を通さず現金で受領することがあるとする。現金で受領すると、後刻トレースが非常にやりにくい。受領したのは事実なのか。誰から受領したのか。果たして受領した金額はいくらだったのか。これらの点について後刻疑義が生じても、事実を確認するのが非常に難しい。現金で受領すると通常客観的な記録が残らないからである。現金での受領がすべて不正・不当ということではないが、現金での受領の頻度が増えれば自ずと不正・不当な事態が起こりかねない。そして、疑わしいと思っても、後刻その事実確認が困難を極める。このような理由から、事業会社の収入はすべて銀行口座に入金することが求められている。これがキャッシュフロー・コントロール手法としての収入アカウントの目的である。

さて、事業会社(借主)の銀行口座はどこに開設するのか。レンダーが把握できるようにレンダーである商業銀行に開設するのが普通である。レンダーが複数存在していて銀行団を組成している場合には、幹事行に開設するのが一般的である。銀行団の規模がさらに大きくなる場合には、レンダー間での業務を分担するために幹事行以外の商業銀行に開設することもある。事業会社(借主)の収入アカウントを開設した商業銀行をアカウント・バンク(Account Bank)と呼ぶ。仮に事業会社がプロジェクトファイナンスの融資契約を調印する前に既にどこか別の銀行に口座を開設していた場合には、その銀行口座は以後使用することのないよう解約してもらう。プロジェクトファイナンスの銀行団が直接入出金等を確認できないような銀行口座は使用をやめてもらう趣旨である。

さらに、事業会社の事業内容によっては事業収入の通貨が複数になることがある。例えば、米国ドル、ユーロ、日本円といった具合である。これら先進国の通貨に加えて、操業している国の現地通貨も加わることもある。収入アカウントの銀行口座は通貨毎に開設する必要がある。言い変えれば、通貨の数だけ銀行口座を開設する必要がある。先に銀行団の規模が大きい場合に幹事行以外の商業銀行に銀行口座を開設することもあると記した。通貨が複数になってくると銀行口座の数が増えるだけではなく、アカウント・バンクの数も増えることが多い。特にそれぞれの通貨の母国に本店を持つ銀行に当該通貨のアカウント・バンクを務めてもらうのが実務的に理に適っている。具体的には、米国ドルは米国の銀行、ユーロはユーロ圏(Eurozone)の銀行(注)、日本円は日本の銀行、現地通貨は現地の銀行といった具合である。

ところで、本文冒頭で「事業会社の収入は銀行口座に入金する」という説明をしてきた。もちろん、収入の多くは事業収入である。事業会社の製造する製品や提供するサービスの売上金である。収入の多くは事業収入であるのは間違いないが、筆者が敢えて収入とだけ記述してきたのには理由がある。それは事業収入以外の収入も含めるためである。事業会社にとって事業収入以外の収入というのは、例えばどういうものがあるだろうか。事業収入以外の収入で代表的なものは保険金である。事業会社は事業を行う上でさまざまな保険に加入している。例えば自然災害に備えて損害保険を掛けている。自然災害が発生して事業会社の設備が損害を蒙れば、保険会社から保険金が下りる。保険金の受領は事業収入とは言わないが、事業会社の収入であることに変わりはない。こういった事業収入以外のあらゆる収入を捕捉するという意味で、「事業会社の収入は銀行口座に入金する」と記述している。なお、保険金の受領を事業収入と区別する目的で、保険金受領用の専用の収入アカウントを設けることもある。こういう収入アカウントはインシュアランス・アカウント(Insurance Account)などと呼ぶ。

(注)通貨ユーロを使用している国々をユーロ圏(Eurozone)と呼ぶ。EU加盟国のすべてが通貨ユーロを使用しているわけではない点、注意を要する。EU加盟国ではあるが通貨ユーロを使用していない国には、現行例えばデンマーク、スウェーデンなどがある。

プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明

*アイキャッチ Photo by Gabor Koszegi on Unsplash

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