2024.10.05
【コラム】(プロファイバンカーの視座)第59回 キャッシュフロー・コントロール手法(10) 基本モデル
2020.09.10 連載コラム
(1)収入アカウント(Revenue Account)続き
前回は収入アカウントが持つカントリーリスク回避の効果について、日本貿易保険の資源エネルギー総合保険特約の例を挙げて、実際に我々の実務の中でどのように取り扱われているのかを見た。今回は収入アカウントが持つカントリーリスク回避の効果について、実際の案件例を見ておきたいと思う。
実際の案件例として見ておきたいのはインドネシアのLNG(液化天然ガス)事業である。インドネシアは1970年代以降天然ガスの開発・生産を推し進めLNG輸出大国に成長してゆく。中東のカタールがLNG大国として勃興するまで、インドネシアはLNG輸出量世界一の国であった。インドネシアは今でもLNGを生産しているが、その輸出量は大幅に減少している。その理由は、現在では生産したLNGを自国内で消費しているからである。インドネシアは多数の島嶼から成る国なので、天然ガスの輸送にはLNGが向いている。当初輸出用に開発されたLNG基地は、いまや国内向けのLNG輸送基地として利用されている次第である。
さて、1970年代以降インドネシアがLNG輸出大国に成長してゆく過程で、LNG基地の新設事業が陸続と出てきた。LNG基地の新設費用は、今もそして当時も、けして小さくはない。従って、LNG基地を新設するための資金調達をなんとかしないといけない。果たしてどうやって資金を調達すれば良いのか。生産されるLNGの多くが日本に向けて輸出されることから、当時日本勢はLNG基地の建設や資金調達を支援した。その際資金調達方法として専らインドネシアのLNG事業向けに利用されたのが通称「トラスティ―・ボロウィング(Trustee Borrowing)」と呼ぶ資金調達方法である。
このトラスティ―・ボロウィングという資金調達方法は収入アカウントの機能を活用している。どういうことかというと、米国ニューヨークに在る米国の銀行に信託アカウントを開設する。信託アカウントというと、なにか特別のアカウントのように聞こえるかもしれないが、これまで説明してきた収入アカウントとほとんど変わらない。要は銀行に開設する預金口座である。そして、インドネシアのLNG事業の事業収入(つまりLNGの輸出代金)はすべてこのニューヨークの信託アカウントに入金することとする。プロジェクトファイナンスのレンダーはこの信託アカウントから直接約定返済金を定期的に受領する。LNGの輸出代金は米国ドル建てである。借入金も借入金の返済金も米国ドル建てである。
このトラスティ―・ボロウィング方式は、レンダーに対する返済金の原資がインドネシアを経由していないところがポイントである。LNG輸出代金はすべてニューヨークの信託アカウントに入金される。そして、その信託アカウントから直接レンダーへ約定返済金を送金してゆく。こうすることによって、インドネシアで起こり得るさまざまなカントリーリスクのうち特に売上金の収用リスクや送金リスクなどを回避することが可能となる。
このトラスティ―・ボロウィング方式はもちろん完全無欠というわけではない。例えば、もしインドネシアに在るLNG基地が暴徒に破壊されたらどうなるのか。暴徒による施設の破壊もカントリーリスクである。LNG基地が暴徒に破壊され操業が停止してしまうような事態となれば、このLNG事業は頓挫しかねない。しかし、インドネシアのLNG事業は同国にとって外貨の稼ぎ頭である。従って、インドネシア政府が国を挙げて暴徒からLNG基地を守るであろうと十分期待できる。つまり、暴徒からLNG基地を守るのはインドネシアの国益に合致する。このように考えてゆくと、トラスティ―・ボロウィング方式では回避できないカントリーリスクもリスクとしては十分許容できるのではないか。当時のプロジェクトファイナンス・レンダーはこのように考えて、トラスティ―・ボロウィング方式の採用に踏み切ったのではないかと思われる(注)。
今回の話題をまとめておこう。インドネシアのLNG事業の資金調達にはトラスティ―・ボロウィング方式という資金調達方法が利用された。このトラスティ―・ボロウィング方式は信託アカウント(収入アカウント)をニューヨークに開設し、収入アカウントの持つカントリーリスク回避の機能を活用した案件例である。
注)トラスティ―・ボロウィング方式を採用した最大の理由は、当時世界銀行がインドネシア政府に新規での借入を制約していたためである。本稿はトラスティ―・ボロウィング方式が持つ信託アカウント(収入アカウント)の機能や効果に着目してみたものである。
プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明
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