【コラム】(プロファイバンカーの視座)第57回 キャッシュフロー・コントロール手法(8) 基本モデル

2020.08.13 連載コラム

ナレッジパートナー:井上 義明


(1)収入アカウント(Revenue Account)続き

収入アカウントについては重要な話題があるので、今回それを採り上げておきたい。重要な話題というのは、収入アカウントはその開設国次第ではカントリーリスク回避の効果があるという点である。前回のコラムをお読みいただいた読者の方々は「収入アカウントの話は、要は銀行口座を設けて、そこで事業会社のすべての収入を把握してゆくということですね」と理解されたことと想像する。これはこれで収入アカウントの要点であることに間違いはない。しかし、収入アカウントの話はこれだけでは終わらない。収入アカウントについてはカントリーリスクとの関連の話題を見逃すことができない。

まずカントリーリスクというのは、通常「戦争リスク」「収用リスク」「為替・送金リスク」「契約不履行リスク」の4つのリスクのことをいう。「戦争リスク」は、戦争はもちろん革命、ストライキ、内乱、騒擾、暴動などの暴力的なリスクをいう。「収用リスク」は政府によって財産権が奪われるリスクのことで、収用のほか接収や国有化ともいう。「為替・送金リスク」は外貨両替や海外送金が制限や停止されるリスクである。「契約不履行リスク」は政府系機関や国営企業による契約不履行(Breach of Contract)のリスクをいう。

これらのカントリーリスクのうち、収入アカウントに関係してくるのは主に「収用リスク」と「為替・送金リスク」である。収入アカウントとカントリーリスクの関係を考えるうえで重要なポイントは、収入アカウントの開設をどこの国で行うべきかという点である。例えば、事業は新興国A国で遂行するものとする。事業は100%外国資本によるものとする。事業会社の法人設立はA国内で行うであろう。A国で遂行する事業なので、事業会社がA国で設立されるのは普通である。さて、収入アカウントである銀行口座もA国内の銀行で開設しなければならないのであろうか。

事業会社はA国で事業を遂行しているので、人件費の支払いをはじめ日常的な支出もあるであろう。従ってA国内の銀行に銀行口座を持つことは必要である。そうでないと不便で仕方がない。このA国内で開設する銀行口座の利用方法は収入アカウントというよりも、専ら支出用のアカウントということになろう。支出用のアカウントをA国内に持つのは実務的にも理に適っている。さて、問題は収入アカウントの銀行口座の開設場所である。仮にこの事業会社が生産する生産物(例えば液化天然ガス)は、専ら海外に輸出しているものとする。輸出代金は海外から送金されてくる。この輸出代金をA国内の銀行口座で受け取らなければならないのであろうか。その必然性はない。先進国に在る銀行に銀行口座を開設し、その銀行口座を収入アカウントに指定して、そこで輸出代金を受け取るということも可能である。さらに、輸出代金であるということは、使用通貨は米国ドル等先進国通貨である可能性が極めて高い(注1)

いまここで何を想定して議論をしているのかというと、それはA国で「収用リスク」や「為替・送金リスク」などのカントリーリスクが発生したときのことを想定している。いまA国は新興国であると仮定した。新興国である以上、カントリーリスクが発生することも想定しておかなければならない。例えば、A国政府が突如外国資産の国有化を宣言したとする(注2)。これは収用リスクの発生である。そうすると、A国内にある本事業会社の資産はすべてA国政府のものとなる。本事業会社の資産には、土地建物などの不動産はもちろんのことA国内にある事業会社名義の銀行口座も含まれる。その銀行口座にある預金残高も含まれる。つまり、A国政府による国有化によって、A国内に在る本事業会社の資産はA国内の銀行口座も含めてすべてA国政府に没収されかねない。このような収用リスクが発生した際に、仮に収入アカウントをA国外の先進国(例えばニューヨーク)に開設しておいたならば、同銀行口座の没収は免れる(注3)。これが収入アカウントの開設場所を先進国にすることによるカントリーリスク回避の効果である。

同様のことは「為替・送金リスク」がA国内で発生したときにも言える。「為替・送金リスク」というのは、既に説明の通り、A国政府が自国通貨と先進国通貨との両替を制限・停止したり、海外に送金することを制限・停止するリスクのことである。A国の自国通貨が急落したときなどに自国通貨の価値を防衛するために発動されることがある。こういう「為替・送金リスク」がA国内で発生したとしても、本事業会社が収入アカウントを海外に保有していたならば、A国内で発生した「為替・送金リスク」の影響をほとんど受けることなく難を免れる。

以上をまとめると、次の通りである。
収入アカウントは事業会社(借主)の収入をすべて捕捉するのが主たる目的ではあるが、同時に新興国での事業の場合、収入アカウントを先進国に開設することによってカントリーリスクの一部を回避する効果が得られる。

注1)
国際決済銀行(BIS)の2019年4月の調査によると、為替取引の88%は米国ドルである(BIS June 2020 Report)。

注2)
近年の国有化の実例には、2007年ベネズエラで発生した石油精製事業の国有化がある。

注3)
本文中の例の場合、国有化を宣言したA国政府は本事業会社が先進国の銀行口座に有する預金残高についても国有化の対象であると主張するであろうが、現実にはA国政府といえども他国にある資産を収用することはほとんど不可能なので、結果的に没収は免れると解釈している。

プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明

*アイキャッチ Photo by Frida Aguilar Estrada on Unsplash

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