【コラム】(プロファイバンカーの視座)第58回 キャッシュフロー・コントロール手法(9) 基本モデル

2020.08.27 連載コラム

ナレッジパートナー:井上 義明


(1)収入アカウント(Revenue Account)続き

前回の復習から始めたいと思う。前回の要点は「収入アカウントは事業会社(借主)の収入をすべて捕捉するのが主たる目的ではあるが、同時に新興国での事業の場合、収入アカウントを先進国に開設することによってカントリーリスクの一部を回避する効果が得られる」という点である。

プロジェクトファイナンスのレンダーが事業会社(借主)に収入アカウントの開設を求めた当初は、もちろん透明性を以って事業会社の収入をすべて把握したいという目的だったはずである。しかし、新興国での事業にプロジェクトファイナンスが利用されるようになると、否応なしに新興国でのカントリーリスクという問題に直面する。事業主もレンダーもカントリーリスクに向き合わなければならない。カントリーリスクの問題に向き合う中で、収入アカウントの持つカントリーリスク回避の効果が見出されたのであろうと想像される。

さて、収入アカウントが持つカントリーリスク回避の効果は、実際に我々の実務の中でどのように反映されているのであろうか。具体的な実務や実例をご紹介しておきたい。まず、日本貿易保険の保険プログラムである。日本貿易保険には保険商品の一つとして海外事業資金貸付保険(通称「海事(かいじ)」)というものがある。日本で海外のファイナンスに従事する者にとっては非常に馴染みのある保険である。この海外事業資金貸付保険というのは、日本の銀行(および日本に在る外国銀行)が海外の事業会社にローンを供与する際に付保できるもので、例えば海外の事業会社(借主)がカントリーリスク等の理由で(注1)返済が滞ってしまった場合に保険金が支払われる。つまり、ローンを供与する銀行にとっては、ローンの回収不能リスクの一部を補うことができる。さらに海外事業資金貸付保険の付保されたローンはリスク資産としての評価額を低く抑えることができる。銀行にとってはリスク管理の観点からもリスク資産の観点からも有難い保険商品である。

その海外事業資金貸付保険であるが、海外事業資金貸付保険には資源エネルギー総合保険特約という特約を付すことができる。この特約は資源エネルギー分野の事業について、資源の乏しい日本のエネルギー政策を格別に支援するものである。そして、資源エネルギー総合保険特約を付すことができると、海外事業資金貸付保険の保険料は通常より低率になる。注目すべきは、この資源エネルギー総合保険特約の条件の一つに「先進国銀行内にエスクロウ口座が開設されること」(注2)となっている点である。

ここでいう「エスクロウ口座」というのは、これまで筆者が本コラムで収入アカウントと呼んでいたものと(ほぼ)同義である。つまり、資源エネルギー総合保険特約を付すにあたっては先進国銀行内に収入アカウントを開設することが必要である。資源エネルギー事業では通常生産物はほとんど輸出する。また、資源エネルギー総合保険特約では資源エネルギーの生産物が日本に輸入されることを想定している(注3)。このような資源エネルギー事業が新興国で推進される場合には、事業主もプロジェクトファイナンス・レンダーも通常収入アカウントを先進国に開設する。そうすることによって、前回説明の通り、収用リスクや為替・送金のリスクを回避することができる。新興国での資源エネルギー事業ではこれらの手法はいわば定石と言って良い。

日本貿易保険の資源エネルギー総合保険特約は「新興国の資源エネルギー事業でこの定石どおりに収入アカウントを先進国に開設しているならば、カントリーリスクの一部は既に回避できているので保険料を引き下げる」と解釈できる。表現を変えると、収入アカウントを先進国に開設することによるカントリーリスク一部回避の効果を、保険料の引き下げで被保険者に報いているとも言える。いずれにしても、日本貿易保険の資源エネルギー総合保険特約の実例は、収入アカウントの持つカントリーリスク回避の効果が保険料の引き下げという形で見える化されているわけである。

注1)
返済が滞る理由として日本貿易保険では「非常危険」と「信用危険」に二分している。「非常危険」にはカントリーリスクに加え、自然災害も含まれる。

注2)
日本貿易保険の「海外事業資金貸付保険パンフレット」(2020年4月発行) p13

注3)
日本で生産物を引き取る案件以外に、日本が必要とした場合に日本に振り向けられる蓋然性が高いと判断できる案件も良しとされている(前出p13)。

プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明

*アイキャッチ Photo by HyoSun Rosy Ko on Unsplash

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