2024.10.05
【コラム】(プロファイバンカーの視座)第79回 キャッシュフロー・コントロール手法(30) 応用モデル
2021.07.08 連載コラム
(3) ディファーラル(Deferral)の続き
これまで採り上げてきたキャッシュ・デフィッシャンシー・サポートもクローバックも、多かれ少なかれスポンサー(出資者)に負担を強いるものである。スポンサーの承諾なくして導入することはできない。また、後刻採り上げるキャッシュ・スイープもスポンサーが負担を担うものである。キャッシュ・スイープは本来なら配当金の支払いに充当できる資金(の一部)を、敢えて借入金への繰り上げ返済に充当するからである。ところが、前回から採り上げているディファーラルだけはレンダーが負担するものである。既に説明の通り、ディファーラルは借主による約定返済金の猶予を認めるものだからである。キャッシュフロー・コントロール手法の応用モデル4つはそれぞれ誰の負担で成立しているのか、つまり負担者は誰かという点で整理すると次のようになる。
【キャッシュフロー・コントロール手法の負担者】
このようにキャッシュフロー・コントロール手法の応用モデルの4つは負担者が異なる。そして、負担者が誰かを考慮して2つ以上の応用モデルを組み合わせて利用されることが多い。どういうことかというと、例えばレンダーがキャッシュ・デフィッシャンシー・サポートをスポンサーに要請したとする。スポンサーも応諾やむを得ないとしたとする。しかし、キャッシュ・デフィッシャンシー・サポートは専らスポンサーが負担するものなので、スポンサーもこれを応諾する以上、レンダーにもなんらかの負担や支援を要請できないものかと思案する。そこでスポンサーはキャッシュ・デフィッシャンシー・サポートの応諾の条件として、レンダーにディファーラルを承認してほしいと提案する。つまり、スポンサーはキャッシュ・デフィッシャンシー・サポートを、レンダーはディファーラルを、それぞれ負担するということである。この例ではキャッシュ・デフィッシャンシー・サポートとディファーラルとが組み合わされたということになる。同様の理由でクローバック(スポンサー負担)とディファーラル(レンダー負担)とが組み合わされることもある。
キャッシュフロー・コントロール手法の応用モデルが複数組み合わされたとき、実際の運用上の問題が出てくる。それは上記のキャッシュ・デフィッシャンシー・サポートとディファーラルが組み合わされたケースなら、事業会社がキャッシュフロー不足を来たした時に、キャッシュ・デフィッシャンシー・サポートとディファーラルのどちらを先に利用するのかという問題(利用順序の問題)である。借主である事業会社の自由に任せるということも理論上は考えられる。しかし、事業会社の自由に任せれば、十中八九ディファーラルを先に利用するであろう。なぜなら、ディファーラルは専らレンダーに負担がかかり、スポンサーには一切負担はかからないからである。
そこでプロジェクトファイナンスの融資契約書には、キャッシュフロー・コントロール手法の応用モデルが複数組み合わされているときに、利用する順序が定められている。上記のキャッシュ・デフィッシャンシー・サポートとディファーラルが組み合わされたケースなら、キャッシュ・デフィッシャンシー・サポートを先に利用すべしと定めているのが普通である。そして、ディファーラルの利用はキャッシュ・デフィッシャンシー・サポートを利用し尽くした後に利用できると定めているのが普通である。クローバックとディファーラルが組み合わされた場合も同様で、まずクローバックを利用し尽くし、その後にディファーラルが利用できると定めているのが普通である。
ディファーラルは約定返済金の支払いを「延期」「猶予」する手法なので、やはりこれを融資契約書に導入するのは尋常ではない。企業向けの融資契約書や住宅ローンの融資契約書にけして見られないのは、尋常ではないからである。そういう点から見ると、ディファーラルという手法はキャッシュ・デフィッシャンシー・サポートやクローバックなどのスポンサー負担の手法を誘引するために考案されたのではないかとも考えられる。
プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明
*アイキャッチ Photo by Alisa Anton on Unsplash
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