【コラム】(プロファイバンカーの視座)第76回 キャッシュフロー・コントロール手法(27) 応用モデル

2021.05.27 連載コラム

ナレッジパートナー:井上 義明


(2) クローバック(Clawback)

前回までキャッシュ・デフィッシャンシー・サポートを詳しく見てきた。キャッシュ・デフィッシャンシー・サポートはキャッシュフロー・コントロール手法の応用モデルの筆頭でもあるので、それがどういう事業に利用されているのか、そしてそれはどういう理由によるのかを詳しく見てきた。さらに、キャッシュフロー・コントロール手法の応用モデルと事業タイプとの緊密な関係も見てきた。

さて、今回はキャッシュフロー・コントロール手法の応用モデルの2つ目クローバック(Clawback)を見てゆきたい。ここでもう一度キャッシュフロー・コントロール手法の応用モデルの全体像を復習しておこう。キャッシュフロー・コントロール手法の応用モデルの全体像は次の通りである。

まず、この応用モデル2つ目のクローバック(Clawback)という英語の言葉であるが、この言葉はそもそもどういう意味なのであろうか。英語のクローバック(Clawback)という言葉は「取り戻す」「払い戻す」という意味がある。英語の辞書にはa situation in which a government or company takes back money that it has already paid(「政府や会社が既に支払ったお金を取り戻すこと」筆者訳)と説明されている(注)

リーマンショック(2008年)の後に、高額な報酬を受け取っていた米国の企業経営者への批判が相次いだ。企業の業績が悪化した際には、企業経営者に過去に支払った役員報酬(の一部)を返還させ責任を取らせるべきだという議論が盛り上がり、実際にそういう仕組みが導入された。この役員報酬返還制度がクローバック(Clawback)と呼ばれている。日本でも武田薬品工業が2020年4月からこの役員報酬返還制度(つまりクローバック制度)を導入して話題になった。

もっとも、プロジェクトファイナンスの世界では、役員報酬返還制度の導入よりもはるか前からこのクローバックの手法が利用されてきた。プロジェクトファイナンスにおけるクローバックとは、スポンサー(出資者)が事業会社から受領した配当金を、事業会社の資金繰りが厳しくなったときに事業会社に返還することである。こうすることによって、事業会社が万が一キャッシュフロー不足に陥ったときにその不足を補うことができる。クローバックは事業会社のキャッシュフロー不足を補うのが目的なので、その点ではキャッシュ・デフィッシャンシー・サポートと同じ目的を持っている。さらに、クローバックとキャッシュ・デフィッシャンシー・サポートが事業会社のキャッシュフロー不足を補うという同じ目的を持っているのに加え、その際資金を拠出する者はいずれの場合もスポンサーであるという点も同じである。つまり、両手法の目的と資金拠出者は同じである。そうすると、この両手法はどういうふうに使い分ければ良いのであろうか。

クローバックはこれまでに事業会社が支払った配当金の累計額の範囲内でスポンサーに返還を求めることができるものである。ということは、配当金の支払いがまだほとんど行われていなければ、スポンサーに返還を請求できる金額も僅少に過ぎない。例えば、事業の操業開始直後の時期はおそらくスポンサーに配当金の支払いはほとんど行われていない。そういう時期に事業会社が資金繰りに窮したとしても、スポンサーからの資金拠出はほとんど期待できない。つまり、クローバックはスポンサーから資金拠出してもらえる金額の上限が配当金支払累計額である、という点がポイントである。配当金の支払い実績がほとんどなければ、クローバックはほとんど機能しない。一方、キャッシュ・デフィッシャンシー・サポートは、操業開始直後であろうと操業開始してから数年後であろうと、合意している上限金額の範囲内であれば、事業会社はいつでもスポンサーに資金拠出を要請できる。

プロジェクトファイナンス・レンダーにとっては、キャッシュ・デフィッシャンシー・サポートの方がクローバックより心強い。理由は上記の通りである。しかし、スポンサーにとっては、いずれかの方策で事業会社の資金繰り支援を約束せざるを得ないとしたら、クローバックの方がキャッシュ・デフィッシャンシー・サポートより相対的に応諾しやすい。クローバックはこれまでに受領した配当金を事業会社に返還するものなので、新たな資金を拠出するキャッシュ・デフィッシャンシー・サポートよりスポンサーの負担は少ないからである。この点、プロジェクトファイナンス・レンダーとスポンサーとは利害が対立するところである。(次回に続く)

(注)Cambridge Dictionary https://dictionary.cambridge.org/ja/dictionary/english/clawback

プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明

*アイキャッチ Photo by Paulo Evangelista on Unsplash

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