【コラム】(プロファイバンカーの視座)第71回 キャッシュフロー・コントロール手法(22) 応用モデル

2021.03.10 連載コラム

ナレッジパートナー:井上 義明


(1) キャッシュ・デフィッシャンシー・サポート(Cash Deficiency Support)続き

前回に続き、キャッシュ・デフィッシャンシー・サポートを採り上げる。キャッシュ・デフィッシャンシー・サポートが必要なプロジェクトファイナンス案件はキャッシュフローが長期的に安定していない案件であると指摘した。そして、具体例として石油精製事業や石油化学事業などが挙げられるとも指摘した。では、なぜ石油精製事業や石油化学事業はキャッシュフローが長期的に安定していないのかという点を、石油精製事業を例にとって説明した。キャッシュフローが長期的に安定していないのは石油精製事業の事業構造に由来しているわけである。

さて、今回は石油化学事業の方も見ておきたい。なぜ石油化学事業はキャッシュフローが長期的に安定していないのか。石油化学事業の典型例としてはエチレンプラントの事業が挙げられる。エチレンは通常ナフサを原料として製造する。ナフサの多くは石油精製事業で石油を精製した際に採取される。ナフサは市場で取引されているので、ナフサの価格は常に変動している。エチレン製造業者にとってはナフサの価格が上がると原料代が嵩み、エチレン事業の収益を圧迫する。一方、ナフサから製造したエチレンであるが、エチレンも市場で取引されているので、エチレンの価格も市場で常に変動している。従って、エチレンの価格が上がれば収益も上がるが、エチレンの価格が下がると収益も下がる。もっとも、原料のナフサの価格が上がったとしても、生産物のエチレンの価格もそれに応じて引き上げられれば、事業の収益は確保できそうである。同様に、生産物のエチレンの価格が下がったとしても、原料のナフサの価格もそれに応じて下がってくれれば、事業の収益は確保できそうである。

ところが、現実に起こる現象は少々複雑で意外である。現実には、原料のナフサの価格の動きと生産物のエチレンの価格の動きとが必ずしも並行していない(パラレルに動かない)。つまり、原料のナフサの価格は上がっているのに、生産物のエチレンの価格はさほど上がらない、という現象が実際には起こる。また、生産物のエチレンの価格は下がっているのに、原料のナフサの価格は下がらない、という現象も実際に起こる。これは原料ナフサの需給関係と生産物エチレンの需給関係はかならずしも一致していないという事情から発生するようである。中長期で見てゆくと、原料ナフサの価格の動きと生産物エチレンの価格の動きとは概ね並行してゆく(パラレルに動く)ようではある。しかし、1年や2年程度の短期では並行していない(パラレルに動かない)ことが多い。このために、1~2年の短期の期間とはいえ、この間に事業が収益を生まず、ひどい時には大赤字を出すことさえある。キャッシュフローは不足を来たし、プロジェクトファイナンスによって調達した借入金の約定弁済を行うことができず、デフォルトを起こしかねないのである。そうすると、石油化学事業に融資するプロジェクトファイナンス・レンダーは予め対応策を考えておかなければならない。具体的な対応策としてよく用いられるのがキャッシュ・デフィッシャンシー・サポートである。

石油精製事業も石油化学事業もキャッシュフローが安定していないという共通点がある。これはそれぞれの事業の特性である。プロジェクトファイナンス・レンダーは永年の経験から、その事業の特性を知っているので、対応策としてキャッシュ・デフィッシャンシー・サポートなどを利用する。もっとも、注意を要するのは、石油精製事業や石油化学事業に対してキャッシュ・デフィッシャンシー・サポートが必ずしも万能というわけではない、という点である。既に説明の通り、キャッシュ・デフィッシャンシー・サポートについてはスポンサーによる累計支援金額に上限を設ける。その上限金額は本当に必要十分な水準なのか。また、その上限金額を引き上げれば引き上げるほどレンダーは安心感が高まるが、スポンサーはノンリコースのメリットが減殺されてゆく。キャッシュ・デフィッシャンシー・サポートの上限金額をいくらに設定するのかについては、レンダーとスポンサーとの間で厳しい交渉が行われるのが常である。(次回に続く)

プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明

*アイキャッチ Photo by Dean Brierley on Unsplash

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