【コラム】(プロファイバンカーの視座)第64回 キャッシュフロー・コントロール手法(15) 基本モデル

2020.11.26 連載コラム

ナレッジパートナー:井上 義明


(4)配当制限(Dividend Restriction)

キャッシュフロー・コントロール手法の基本モデルは4つの手法から成ると説明してきた。4つの手法とは次の表の通りである(念のため再度掲載する)。今回からこの基本モデルの4つ目の配当制限(Dividend Restriction)を採り上げる。

これまでの説明の繰り返しになるが、上記の4つをキャッシュフロー・コントロール手法の基本モデルとしているのは、これら4つの手法はプロジェクトファイナンスの案件なら必ず組み込まれているからである。さらに、以前インドの事例でお示しした通り、プロジェクトファイナンスではないファイナンス案件にも、このキャッシュフロー・コントロール手法の基本モデルが利用されることがある。これらの手法は借主のキャッシュフローをコントロールする手法としてプロジェクトファイナンスにとどまらず他のファイナンスにも利用されるほど汎用化していると言って良い。

さて、これら4つの基本モデルのキャッシュフロー・コントロール手法をもう一度復習しておこう。まず、収入アカウント(Revenue Account)は事業会社の事業収入をコントロールしようとするもので、具体的には事業会社のすべての収入を把握しようとするところに主眼がある。いわゆる「入りを量る」ことを目的としている。そして、キャッシュ・ウォーターフォール(Cash Waterfall)と配当制限(Dividend Restriction)とは両者とも事業会社の事業支出をコントロールしようとするものである。いわゆる「出ずるを制す」ことを目的としている。デッドサービス・リザーブアカウント(Debt Service Reserve Account)は事業会社のキャッシュフローが不足したときに備えて、直近の借入金の約定弁済分の資金を準備しておくことを目的とした準備金口座である。

本稿で採り上げようとしている配当制限は事業会社の事業支出をコントロールするものである。その点でキャッシュ・ウォーターフォールと役割が似ている。しかし、キャッシュ・ウォーターフォールが支出項目を予め規定し、さらに支出項目間の優先順位を規定するのに対して、配当制限は事業会社から出資者(スポンサー)への配当金の支払いをコントロールしようとしている点が異なる。配当制限とは、その名の通り、事業会社から出資者への配当金の支払いの際に付されている諸種の条件のことを指す。

そもそも出資者は事業を始める際に出資金を投じる。そして、事業が首尾よく軌道に乗り利益を出すようになれば、出資者は事業会社から配当金を受領する。出資者が事業会社から配当金を受領するのは、事業のリスクを取って出資金を投じた見返りであり報酬である。出資者が配当金を受領するのは経済上の当然の権利と考えられている。ところが、プロジェクトファイナンスではレンダーがこの配当金の支払いに制限や条件を課している。それはどうしてなのか。

それはプロジェクトファイナンス・レンダーがノンリコースで事業会社に融資を行っているからである。ノンリコースで融資を行うレンダーは事業会社から配当金の支払を通じて無闇に資金が流出するのを防ぎたい。そうしないと、融資の返済が危ぶまれるからである。例えば、事業会社があまり利益を上げていないのに不相応に多額の配当金支払いを看過してしまえば、早晩融資の返済が滞るかもしれない。過度な配当金支払を許してしまえば、事業会社のキャッシュフローが不足する。事業会社のキャッシュフローが不足してしまうと、ノンリコース・ローンのレンダーは他に返済を求める先がない。つまり、プロジェクトファイナンス・レンダーはノンリコースで融資を行っているので、借主である事業会社のキャッシュフローを厳格に管理していかなければならないのである。

配当制限という日本語に相当する英語はDividend Restrictionが一般的ではあるが、英文融資契約書(Loan Agreement)では他にDistribution Conditionsと表現することもある。ここでいうDistributionは配当金の支払いを指している。さらに、英文融資契約書ではRestricted Paymentsという表現もよく見られる。Restricted Paymentsというと、直訳では「制限された支払い」ということでなにやら物々しいが、Restricted Paymentsとは通常配当金支払いのことを指している。Restricted Payments(「制限された支払い」)という表現からも推察されるように、プロジェクトファイナンスでは配当金の支払は無条件に認められるものではないのである。(この稿続く)

プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明

*アイキャッチ Photo by Ken Cheung on Unsplash

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