【コラム】(プロファイバンカーの視座)第69回 キャッシュフロー・コントロール手法(20) 応用モデル

2021.02.11 連載コラム

ナレッジパートナー:井上 義明


(1) キャッシュ・デフィッシャンシー・サポート(Cash Deficiency Support)

キャッシュフロー・コントロール手法の応用モデルとして最初に見てゆくのは、キャッシュ・デフィッシャンシー・サポート(Cash Deficiency Support)である。英語の頭文字を取ってCDS(シー・ディー・エス)と呼ぶこともある。キャッシュ・デフィッシャンシー・サポー トとは、事業会社のキャッシュフローが不足した際に出資者(スポンサー)が追加で資金を拠出することである。通常出資者が拠出する資金の金額には上限が設定される。例えば上限金額USD200 millionといった具合である。出資者が複数存在する場合には、その上限金額USD200 millionを各出資者の出資割合に応じて拠出義務を按分して負担してもらう。また上限金額USD200 millionは正確には資金拠出の累計金額の上限である。資金拠出の回数は1回とは限らず2回3回という場合もあるので、追加で資金拠出した累計金額の上限を意味するのが普通である。

また、資金の追加拠出方法は出資金のかたちが普通ではあるが、劣後ローンのかたちをとる場合もある。プロジェクトファイナンス・レンダーは通常シニアレンダーの立場なので、出資者が出資金の代わりに劣後ローンのかたちで資金を拠出することは特段問題視しない。出資者が劣後ローンのかたちで資金を拠出した場合、その劣後ローンの利息や元金の支払いの順位は配当金の支払いの順位に準ずるのが普通である。つまり、出資者による追加の資金拠出は出資金のかたちでも劣後ローンのかたちでも構わないが、事業会社から資金を回収する場合(出資に対する配当金支払いと劣後ローンの元利金支払い)には一律配当金支払いと同順位の取り扱いとなる。こうすることによって、プロジェクトファイナンス・レンダーは事業会社のキャッシュフローを守り、コントロールしようとしている。

上記で、キャッシュ・デフィッシャンシー・サポートとは事業会社のキャッシュフローが不足した際に出資者が追加で資金を拠出することである、と説明した。そうすると、少々疑問に思われた方もおられよう。「プロジェクトファイナンスはノンリコースなのだから、出資者が追加で資金を拠出するというのはおかしくないですか」これはもっともな疑問である。たしかにキャッシュ・デフィッシャンシー・サポートの付いたプロジェクトファイナンス案件はもはや100%のノンリコース・ローンとは言えない。キャッシュ・デフィッシャンシー・サポートの付いたプロジェクトファイナンスのローンはノンリコースのローンではなく、リミテッドリコース(limited recourse)のローンと言わざるを得ない。これは言葉遊びをしているわけではなく、リミテッドリコースのプロジェクトファイナンス案件とは、出資者にある一定の追加資金拠出義務を負わせたプロジェクトファイナンス案件の総称である。言い方を変えれば、プロジェクトファイナンス案件はすべて100%のノンリコース・ローンというわけではなく、リミテッドリコース・ローンのものも存在する。

ところで、キャッシュ・デフィッシャンシー・サポートは追加資金拠出の累計額に上限が設定されているところが重要なポイントである。仮に上限金額の設定がなく、事業会社のキャッシュフローが不足した際には出資者は青天井で資金を拠出すべしという条件になっていたとすると、これはリミテッドリコースを通り越して、フルリコースのローンとほぼ同義になる。日本企業の海外子会社に対して融資を行う場合に、レンダーが日本の親会社の債務保証を求めることがあるが、この親会社保証をもらう場合とほぼ同じことになる。これではもはやリミテッドリコースのプロジェクトファイナンスでもない。従って、キャッシュ・デフィッシャンシー・サポートは追加資金拠出の累計額に上限が設定されているところがポイントであり、それ故に当該プロジェクトファイナンス案件はリミテッドリコースのプロジェクトファイナンスとして認識される。

なお、キャッシュ・デフィッシャンシー・サポートの上限金額をどのくらいの金額に設定するのかは、事業の内容次第であり、さらに借主とレンダーの交渉次第である。レンダーは過去のデータなどを根拠に当該事業のキャッシュフローの最大不足額を試算し、キャッシュ・デフィッシャンシー・サポートの上限金額を提案するであろう。借主/スポンサーは、レンダーの悲観的な予測を改めさせるために、楽観的なデータを提示するかもしれない。キャッシュ・デフィッシャンシー・サポートの上限金額は大きければ大きいほどレンダーに有利であり、小さければ小さいほど借主/スポンサーに有利であることは言うまでもない。(次回に続く)

プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明

*アイキャッチ フォトエレオノーラAlbasiUnsplash

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