【コラム】(プロファイバンカーの視座)第70回 キャッシュフロー・コントロール手法(21) 応用モデル

2021.02.25 連載コラム

ナレッジパートナー:井上 義明


(1) キャッシュ・デフィッシャンシー・サポート(Cash Deficiency Support)続き

前回に続き、キャッシュ・デフィッシャンシー・サポートを採り上げる。今回はまずキャッシュ・デフィッシャンシー・サポートが必要なプロジェクトファイナンス案件とはどんな案件なのかという点を見てゆきたい。前回、基本モデルの手法だけが組み込まれているプロジェクトファイナンス案件、つまり応用モデルは一切組み込まれていないプロジェクトファイナンス案件というのもかなり存在するという指摘をした。その例として、有力な買電者との間に長期の売電契約を持つ火力発電案件を挙げた。その理由は、長期の売電契約を有する火力発電案件はそのキャッシュフローが長期的に安定しているからである。ということは、応用モデルの一つであるキャッシュ・デフィッシャンシー・サポートが組み込まれているプロジェクトファイナンス案件は、キャッシュフローが長期的に安定していない案件であろうということが想像できると思う。その通りである。それではキャッシュフローが長期的に安定していない案件でキャッシュ・デフィッシャンシー・サポートが組み込まれている案件とは具体的にどんな案件なのであろうか。具体例としてよく挙げられるのが石油精製事業や石油化学事業などである。

まずは石油精製事業の例を見てゆきたいと思う。石油精製事業は原油を原料として、これを精製する事業である。原油を蒸留装置で沸点の違いを利用して精製すると、ナフサ、ジェット燃料、ガソリン、灯油、軽油、重油等の製品が出てくる。これらの製品群の中でも特に自動車の燃料となるガソリンは主製品である。話を分かりやすくするために、ここでは石油精製事業は原油から主にガソリンを製造する事業だとざっくりと捉えておこう。ところで、原油は世界の市場で取引されている。そのため原油の価格は日々上下動している。原油の価格指標としては米国のウェスト・テキサス・インターミディエイト(West Texas Intermediate, WTI)、イギリスのブレント原油(Brent Crude)、中東のドバイ原油(Dubai Crude)がよく知られている。それぞれの価格水準はいまなら誰でもインターネット等で知ることができる。つまり、石油精製事業の原料である原油は価格が常に変動しているのである。

一方で、製品であるガソリンの価格はどうだろうか。石油精製事業者の立場に立てば、原料の原油価格が上がったときには製品のガソリン価格を上げたい。原油価格が下がったらガソリン価格を下げる。石油精製事業者の立場としては、これはもっともな考え方である。しかし、ガソリンは多くの国の国民にとって生活必需品になっている。通常ガソリン価格が下がる分には問題はないが、ガソリン価格の引き上げは容易ではないことが多い。極端な場合にはその国の政治問題にさえなることがある。さらに、ガソリン価格はそもそもそれぞれの国によって独自に設定されている。一般に産油国のガソリン価格は安い。補助金を投入して原価を下回るガソリン価格を設定している国さえある。日本のガソリン価格はガソリン税を課して、かなり高い価格水準に設定している(注1)。そのため、原油価格が上昇しても、原油価格の上昇率ほどガソリン価格は上昇しない(ガソリン税があって既に高いので)。米国ではガソリン税は日本のガソリン税の3割弱である(注2)

以上のような石油精製事業の事業構造から、石油精製事業のキャッシュフローはかなり変動することが予期される。とても安定したキャッシュフローは期待できない。おそらく石油精製事業の専門家ですら将来の見通しを立てるのは難しい。そういう事情の下で、プロジェクトファイナンスのレンダーが石油精製事業にプロジェクトファイナンスで融資を行おうとすると、キャッシュフローを長期的に見通すのはもちろん至難の業である。従って、キャッシュ・デフィッシャンシー・サポートの仕組みを取り入れて、キャッシュフローの不安定さを補おうと試みるわけである。そのため、石油精製事業向けのプロジェクトファイナンスにはキャッシュ・デフィッシャンシー・サポートが利用されることが少なくない。(次回に続く)

注1)日本のガソリン税は揮発油税及び地方揮発油税から成る。現在日本ではガソリン1リットル当たり53.8円の税金が課されている。
注2)米国のガソリン税は連邦税と州税から成る。連邦税は1ガロン当たり18.4セント。州税はさまざまであるが、平均1ガロン当たり34.24セント。両者合わせると1ガロン当たり52.64セント。1ガロン当たり52.64セントは1リットル当たり14.6円である(1USD=105円)。14.6円は日本のガソリン税53.8円の27%である。

プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明

*アイキャッチ フォトのDimitry AnikinUnsplash

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