【コラム】(プロファイバンカーの視座)第78回 キャッシュフロー・コントロール手法(29) 応用モデル

2021.06.24 連載コラム

ナレッジパートナー:井上 義明


(3) ディファーラル(Deferral)

今回からディファーラル(Deferral)を見てゆく。ディファーラルは英語で「延期」「猶予」という意味である。動詞deferの名詞形がこのdeferralである。一般に英文融資契約書でこのディファーラルという規定があれば、それは借主が約定返済金の支払いを一時「延期」「猶予」できることを指す。筆者はよくトランプ遊びの例を挙げて、「トランプで自分の順番が回ってきてもカードが出せないときに『パス』をしますよね。ディファーラルはちょうどこの『パス』のようなものです」と説明する。トランプでパスをしても罰則はないのと同様、ディファーラルも融資契約書で予め認められている限り、罰則はない。

もっとも、企業向けの融資契約書にディファーラルの規定はまず見られない。企業が万が一約定返済金を一度でも支払えないときには、普通デフォルト(default)になるからである。多くの会社員が利用している住宅ローンも同様である。「今月分の返済は『パス』させてください」とお願いしても、けして許されない。つまり、通常の企業向けの融資契約書や住宅ローンの融資契約書にはディファーラルの規定は存在しない。

ところが、プロジェクトファイナンスは事業向けの融資なので、企業向け融資や住宅ローンとはこの点異なる。プロジェクトファイナンスを供与している事業が一時的に不調に陥り、約定返済金が支払えないということは十分想定し得る。「もうしばらく経てば事業は回復するので、少し待ってほしい」「約定返済金の支払いを今回だけ猶予してほしい」こういう借主の窮状の申し入れが想定されるような事業では、融資契約書にこのディファーラルの規定が設けられることがある。こうして見てくると、ディファーラルという仕組みは事業会社(借主)の資金繰りを一時的に助ける効果があると言える。そのため、筆者はディファーラルをキャッシュフロー・コントロール手法の応用モデルの一つと考えている。

さて、ディファーラルは借主が約定返済金の支払いを「延期」「猶予」できることだと説明したが、まず確認しておきたいのは、約定返済金の支払いは何回でも「延期」「猶予」できるのだろうかという点である。通常は1回だけである。1回利用したら、ディファーラルした部分の約定返済金が支払われるまで再び利用することができないとするのが普通である。つまり、2回続けて利用することはできない。また、一旦ディファーラルが利用されるとその分元利金返済スケジュールが遅延するので、元々の元利金返済スケジュールに戻るまで余剰キャッシュのすべてを借入金返済に充当するのが普通である。ディファーラル自体は借主の権利として利用することができるものの、一旦利用するとその後さまざまな条件(後続条件/conditions subsequent)が伴うという点は注意しておきたい。冒頭にディファーラルに罰則はないと記載したが、後続条件はある。

さらに、ディファーラルを利用してからディファーラルした部分の約定返済金が支払われるまでの間、配当金の支払いはできない。これは上記に記載した「元々の元利金返済スケジュールに戻るまで余剰キャッシュのすべてを借入金返済に充当する」という条件の当然の結果である。本コラム第65回で配当制限(Dividend Restriction)の具体的な内容を採り上げている。そこではディファーラルの規定が存在する場合は想定していないが、もしディファーラルの規定が存在するなら、配当制限の具体的な内容にも「ディファーラルを利用した場合には、ディファーラルした部分の約定返済金が支払われるまで、配当金の支払いはできない」旨の規定が加わる。

冒頭でディファーラルの比喩としてトランプのパスの例を挙げた。ディファーラルには馴染みが無い人でもトランプのパスならご存知のはずなので、比喩としては分かりやすい。しかし、トランプのパスにはなんら後続条件はないけれども、ディファーラルには後続条件が存在するという点は肝に銘じておきたい。(次回に続く)

プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明

*アイキャッチ Photo by Daniel Seßler on Unsplash

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