【コラム】(プロファイバンカーの視座)第75回 キャッシュフロー・コントロール手法(26) 応用モデル

2021.05.13 連載コラム

ナレッジパートナー:井上 義明


(1) キャッシュ・デフィッシャンシー・サポート(Cash Deficiency Support)続き

前回前々回はキャッシュフロー・コントロール手法と事業タイプとの間には緊密な関係があるという原則を確認する一方で、その原則に対する例外を見てきた。今回も前回使用した下記の関連図を参考にしながら、その例外の説明を続けたい。

(キャッシュフロー手法と事業タイプの関連図)

前回は上記の関連図の(a)の箇所に当たる「電力型」事業の例外を見た。それは太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギー事業が該当すると指摘した。今回は上記の関連図の(b)の箇所を見てゆきたい。

(b)の箇所は、「資源型」事業であるがキャッシュフロー・コントロール手法の応用モデルを必要とする事業である。「資源型」事業とはどんな事業だったか。少々復習をしておきたい。「資源型」事業は資源開発事業のことで、プロジェクトファイナンスがよく利用されるのは石油・ガス(LNG)、石炭、鉄鉱石、銅、金、ニッケルなどを採掘・生産する事業である。これらの事業の生産物は市場で取引されている。従って、生産物の価格は日々動いている。そのため、「資源型」事業の事業収入は変動する。

「資源型」事業独特の事業リスクには埋蔵量のリスクに加えて、生産物の価格が常に変動するという価格変動のリスクがある。生産物の価格変動リスクがあるので事業収入が変動する。事業収入が変動する「資源型」事業は、そもそもプロジェクトファイナンスを組成する際キャッシュフロー・コントロール手法が基本モデルだけで必要十分なのかという疑問を持つ方もおられるのではないだろうか。この疑問はもっともな疑問である。プロジェクトファイナンスの組成がしやすい「資源型」事業(資源開発事業)は、生産物価格が下落してもなおキャッシュフローが潤沢に創出されるような事業である。さらに、ベースケースのキャッシュフローモデルにおいて「資源型」事業のデッド・サービス・カバレッジ・レシオ(Debt Service Coverage Ratio)の水準は「電力型」事業のそれよりも遥かに高い(注)

つまり、十分なキャッシュフローの創出が確保される優良な「資源型」事業がプロジェクトファイナンスの対象になるのである。これは言い換えれば、採掘・生産コストが相対的に低く、価格競争力が相対的に高い資源開発事業のことである。そのような価格競争力の高い資源開発事業であるならば、プロジェクトファイナンスのキャッシュフロー・コントロール手法も基本モデルだけで足りる。従って、プロジェクトファイナンスが組成しやすい「資源型」事業では、キャッシュフロー・コントロール手法の応用モデルが利用されることはまずない。

さて、それでは上記の関連図の(b)の箇所に該当するような「資源型」事業はどういう事業なのであろうか。この問いに対する答えは、実は前回説明した(a)の箇所の説明のように簡潔明瞭ではない。どういうことかというと、(b)の箇所に該当する資源開発事業は採掘・生産コストが相対的に高く、価格競争力が相対的に低い事業だからである。端的に言えば、同種の資源開発事業の中でやや事業性に劣るきらいがあるということである。

筆者の実際の経験ではプロジェクトファイナンスが組成された資源開発事業でキャッシュ・デフィッシャンシー・サポートが組み込まれている例は見たことがない。もしキャッシュ・デフィッシャンシー・サポートが組み込まれている資源開発事業があったとするならば、その資源開発事業はそもそも事業性が相対的に低い事業だと自ら宣言しているような印象を与える。そういう資源開発事業はキャッシュ・デフィッシャンシー・サポートの要否やその水準の適否を議論する前に、プロジェクトファイナンス・レンダーから敬遠される可能性が高い。もっとも、ディファーラル(Deferral)やキャッシュ・スイープ(Cash Sweep)が組み込まれた資源開発事業はときどき見られる。

(注)ベースケースのキャッシュフローモデルにおいて「資源型」事業のデッド・サービス・カバレッジ・レシオ(Debt Service Coverage Ratio)の水準は通常1.80以上もしくは2.00以上である。それに対して「電力型」事業のデッド・サービス・カバレッジ・レシオは1.30~1.50程度である。

プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明

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