2024.11.04
【コラム】(インフラプロジェクト事業開発・運営の現場から)第21回 プロジェクトカンパニーの税務(2)と追憶のSTO
2019.11.21 連載コラム
前回第20回のコラムは、筆者のヨハネスブルグ出張が、ラグビー・ワールドカップにおける南アフリカの優勝直後のタイミングとなったことから、番外編として急遽、南アフリカの経済や通貨、主要金融機関、ファイナンス組成事情等について取り上げた。
今回は第19回に続き、プロジェクトカンパニーの税務に関する実務上の留意点について考察する。財またはサービスの購入に源泉税がかかる場合、Gross Up(グロスアップ)するかどうかによって、プロジェクトカンパニーによる支払い金額には大きな差が生じ得る。このため契約書交渉の際には、安易にGross Upに応じるべきではない、というのが第19回のポイントであった。
タックス・アドバイザーの起用とキャッシュ・フロー・モデルへの反映
グリーンフィールド案件、ブラウンフィールド案件を問わず、インフラプロジェクトに参画を検討する際や、実際にプロジェクトカンパニーを運営するにあたっては、プロジェクト所在国の税制に詳しいTax Advisor(タックス・アドバイザー)の起用が必須である(グリーンフィールドとブラウンフィールドの違いについては、コラム第2回(プロジェクトカンパニーの設立と運営(1))を参照)。
プロジェクト所在国における税制や、プロジェクトに固有の免税・減税措置がある場合にはその内容、プロジェクト所在国とレンダーや株主の所在国との間の租税条約等を正しく理解した上で、プロジェクトカンパニーが負担する(ないしは還付を受ける)税金について、Financial Model(財務モデル、以下では「キャッシュ・フロー・モデル」で統一)に適切に反映する必要がある。
拙著(共訳)「ストラクチャード・ファイナンス EXCELによるキャッシュ・フロー・モデリング」で取り上げたケースは、アメリカの住宅ローンのプール債券の証券化案件を単純化した事例のため、税金関係のインプット、アウトプットはない(キャッシュ・フロー・モデルにおけるインプットとアウトプットの関係については、コラム第1回を参照)。
しかしながら、現実のインフラプロジェクトでは、キャッシュ・フロー・モデルにおける税金関連のインプットおよびアウトプットは非常に重要である。例えばグリーンフィールド案件の場合、一般的には建設期間中の施設建設に要する初期投資額が大きい。このため、建設終了後の運営期間中の初期段階では、減価償却負担が大きく、税務上の損金が発生する場合がある。この税務上の損金を何年間繰り越し出来るのか、という点は、プロジェクトカンパニーのキャッシュ・フロー、ひいてはDSCR等のキャッシュ・フロー関連の各種指標や、エクイティIRR等に大きな影響を及ぼし得る。
更に買収案件の場合、買収対象アセット(会社)・売り手・買い手の所在国や、買収スキームによっては、プロジェクトカンパニーが負担する税金に加えて、売り手や買い手に税負担が発生する可能性がある(例:Stamp Duty(印紙税))。このため、適切な買収スキームの検討・構築・決定にあたっても、タックス・アドバイザーの選任とアドバイスは必須である。
タックス・アドバイザーによるタックス・オピニオン(税務意見書)の取得とモデルの監査
プロジェクトカンパニーが負担する(ないしは還付を受ける)税金に関するタックス・アドバイザーからのアドバイス(助言)は、最終的にはタックス・オピニオン(税務意見書)という書面の形で受領するのが望ましい。キャッシュ・フロー・モデルにおける税金関連の各種インプット(例:各種税金の税率、繰り越し欠損金の繰越年数等)が、タックス・オピニオンと齟齬がないよう留意する。
なお税金関連に限らず、キャッシュ・フロー・モデルのインプットが、アウトプット(計算結果)に正しく反映されるかどうか等、モデルの構成や計算ロジック等をAudit(監査)するのは、Model Auditor(モデル監査人)の役割である。言い換えると、モデル監査人は、税金関連のインプットの妥当性に関する検証は行わない。税金関連のインプットの妥当性を確保するのは、タックス・オピニオンである。
このようにタックス・アドバイザーによるタックス・オピニオンおよびモデル監査人によるモデル監査報告(Audit Report)は重要度が高いため、ファイナンス・クローズのためのConditions Precedent(CP、貸出先行要件)の一部として指定されているのが通例である(ファイナンス・クローズとCPの概要についても、コラム第2回を参照)。
また、ファイナンス・クローズ達成後の建設期間中や運営期間中の税金の支払いについても、タックス・アドバイザーのサポートが必要になることがある。この「サポート」というのは、税務意見書の発行ではなく、いわゆる顧問税理士・税務事務所的な役割を意味する。即ち、毎月・毎年の税金支払い額の計算や納付に関するサポートである。
税制変更の影響(Change in Law)
上述の通り、タックス・オピニオンの取得とモデルの監査により、キャッシュ・フロー・モデルには税金関連のインプットが正しく入力され、アウトプットを導くようになっているはずである。ではプロジェクトの途中(建設期間ないし運営期間)で税制が変更になった場合はどのように対処すべきであろうか?
新興国のソブリン向けインフラ案件(例:電力公社向けのIPP(独立発電事業))の場合、税制変更に伴い、プロジェクトカンパニーに経済的な利益または不利益が発生する場合には、これをChange in Law(法律の変更)に伴う経済的な利益または不利益として、精算するような規定を置くことがある。
前述の税務上の繰り越し欠損金の繰越年数の例で考えてみよう。プロジェクト開始時点では、税務上の繰り越し欠損金の繰り越し年数に上限が無かったのが、プロジェクトの途中で上限が設けられ、税務上の繰り越し欠損金を一部使用出来なくなると仮定する。この場合、このままではプロジェクトカンパニーの税負担が増すことになる。
このプロジェクトカンパニーによる税負担増を、ソブリン(プロジェクト所在国政府)ないしオフテイカー等が、何らかの形で補填する。オフテイカーとの契約等で規定する。実務上、税制変更に伴う税負担の増減額を計算するには、キャッシュ・フロー・モデルにおけるインプットおよび必要に応じて計算式を変更して求める。
以上、今回はタックス・アドバイザーの起用とタックス・オピニオンの取得、キャッシュ・フロー・モデルへの税金関連のインプットの反映と、モデルの計算ロジックに関するモデル監査、税制変更時の取り扱い等について考察した。
追伸:追憶のSTO
先日筆者が関わっているIPP(独立発電事業)プロジェクトカンパニーの税金関係の打ち合わせで、「STO」という略語が連呼されることがあった。西アフリカにあるプロジェクト所在国では、Tax Office(日本の税務署をイメージして頂きたい)の規模によって、Large、Middle、Smallの3種類がある。
プロジェクトカンパニー設立以来、税金は中規模な税務署(Middle Tax Office、略称MTO)に支払って来たところ、今般、小規模な税務署(Small Tax Office、略称STO)から、「これまでMTOに払ってきた源泉税のうち、一部をSTOに支払って欲しい」との申し出があり、この可否についてタックス・アドバイザーにも確認の上、検討していた際の出来事であった。
Small Tax Officeに関する予備知識が十分にない状態で打ち合わせに参加して、いきなりSTOという単語が出席者から連呼されたので、筆者の頭の中では、プロレス技のSTOが想起されてしまい、税金関係の真剣な話題にも関わらず、笑いをこらえるので大変であった。
何のことかというと、柔道のオリンピック銀メダリストで、1990年代後半にプロレスや格闘技に転向した小川直也氏が、プロレスで使っていた技の名前である。Space Tornado Ogawa(スペース・トルネード・オガワ)の略で、柔道の大外刈りをベースにした技であった。
故橋本真也氏が引退をかけた興行(2000年)で、小川氏がSTOを連発した際の実況アナウンサーの絶叫が、今回のSmall Tax Office関連の議論を機に筆者の頭の中に甦ったため、「追憶」とした。小川氏のSTOと橋本氏のDDTの「相討ち」など、今考えるといかにも「プロレス的」である。
なお小川直也氏は、現在はプロ格闘家としては引退しており、息子の雄勢氏の指導にあたっているとのことである。雄勢氏には、まずはオリンピック代表選手に選出された上で、父親が果たせなかった金メダル獲得を果たして欲しいと思う。
ちなみに今年(2019年)10月に設立された「日本STO協会」は、小川氏のファンクラブ、ではなく、ブロックチェーン等の電子的手段を用いた資金調達手段であるSecurity Token Offering(セキュリティ・トークン・オファリング、略称はSTO)に関する自主規制の策定等を行う一般社団法人である。また発端となった一部の源泉税の支払先は、既にMiddle Tax OfficeからSmall Tax Officeへ変更済である。
注)本稿の内容や意見は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。
コラムで取り上げて欲しいテーマがあれば、プロフィールに記載の連絡先まで個別にご連絡下さい。
桶本賢一
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