【コラム】(財務モデリングの最先端)第2回 Excelに取りかかる前に決めるべきこと

2019.11.08 連載コラム

ナレッジパートナー:川井 文哉


Excel に取りかかる前に決めるべき2つのこと

第1回目のコラムにおいて、財務モデルは最先端の現場でも未だに Excel が現役で用いられており、財務モデルのプロはほぼ全員 Excel のプロだと述べた。そのため、財務モデルの作成とExcel は切っても切り離せない関係にあるのだが、実はすぐに Excel での作業に取りかかれるかというと、そういう訳ではない。筆者は Excel に取りかかる前に少し立ち止まってしっかりと考え決めなければならないことが2つあると考えている。

まず、1つ目は最終的に計算すべき数値(アウトプット)だ。そんなものは当たり前だと思われる方もいるかもしれないが、意外にもアウトプットがしっかりと設計されたモデルというのは非常に稀だ。例えば、あなたは食品会社の部長で、食品機材メーカーH社の買収を検討しているとしよう。あなたには幸運にも Excel が得意な若手の部下がいたため、すぐに彼を呼び寄せてこう言った。「佐々木君、実は、わが社はH社の買収を秘密裏に検討しているんだ。H社の技術は、わが社の食品製造コストを大幅に下げる可能性を秘めている。H社の将来の事業計画を Excel で作成し、買収に値するかどうか、モデルを作ってシミュレーションしてくれないか。」

最終的に計算すべき数値(アウトプット)とは

あなたの部下の佐々木はすぐに Excel 作業に取り掛かり、毎日夜遅くまで作業を行った。彼自身の高い Excel スキルと、若手ならではの熱意もあり、非常に精緻なシミュレーションが可能なモデルが完成したとしよう。あなたはH社の将来の売上や原価、今後の資金調達ケースなどについて詳細に分析ができ、H社の今後の業績計画として、実に多彩なパターンを計算することができた。部下の仕事に関心しながら、あなたはこう聞いた。「すごいな佐々木君。それで、この財務モデルでシミュレーションした結果、結論としてH社は買収に値しそうか?」すると、部下の佐々木は驚きながら、また少し困った顔をしてこう言った。「私は部長に言われた通り、H社の将来の業績について、様々なシナリオについて分析できるよう財務モデルを作成しました。後は、このシミュレーションを通して、部長自身がご判断いただければと思います。」

第1回目のコラムで述べたが、財務モデルとは「意思決定のためのツール」だ。そのため、財務モデルを作る前に、すなわち Excel 作業に取りかかる前に、何を意思決定すべきで、それは最終的に何の数値を、どういう基準で判断するかということを明確に決めておかなければならない。財務諸表を計算しておけば事業の全体像は把握できるとは言え、最終的に意思決定できなければ意味がないのだ。上記のような部長と佐々木の例は、その典型例と言えるだろう。

時系列の期間と粒度とは

Excel に取りかかる前に決めなければならないことの2つ目は、時系列の期間と粒度だ。時系列の期間とは財務モデルの中でいつからいつまでの期間を計算すれば良いか、という点である。例えば2020年1月1日から2024年12月31日までの5年間なのか、それとも2021年4月1日から2024年3月31日の3年間なのか、といった具合だ。一方、時系列の粒度とは、定められた期間をどういう粒度、単位で計算すべきかという点だ。具体的には年次、半期、四半期、そして月次の4種類の粒度のどれかに決めなくてはならない。

なぜこれらをエクセルに取り掛かる前に決めなければいけないかというと、財務モデルの性質上、時系列の期間や粒度を途中で変更することは大きなリスクが伴うからだ。特に、時系列の粒度については粗くすることは簡単でも、細かくすることは基本的には不可能だ。例えば、月次の計算を年次の数値として集計することは簡単だが、年次の計算を月次の数値として計算し直すことは、工夫すれば一部調整はできるが、かなり困難な作業となる。

意思決定に必要な粒度の見極めを

それなら、最初から全部細かい粒度、月次で作ればいいと考える人もいるかもしれない。しかし、月次モデルは年次モデルと比べて精緻であるが故に考慮すべき点も多い。例えば、東京都23区の場合、固定資産税の賦課期日は 1 月で、賦課決定日は4月。支払い期日は年によって異なるが、2017年の場合は 6月、10月、12月、翌年2月だった。決算月は計算する事業体によって違うし、決算月から半年後には法人税及び地方税の中間納付もある。売上や費用の入金・支払タイミングについても、月次モデルであればある程度正確に残高を把握して計算する必要がある。

さらに、アウトプットの粒度を月次にするということは、月次のインプットが必要だ。例えば、1 月から 12 月までの売上高を計算するためには、1 月から 12 月まで独立した売上単価と売上数量が必要となる。年間の値を 12 で割って入力値のみ無理やり月次にしているケースも過去実際に見かけたが、普通に考えて月次モデルである意味がないし、無駄に計算量が増えるだけだ。逆に、粒度が粗い年次の計算ではモデルの前提条件がシンプルになり、計算量も減る。粒度を細かくすると、詳細な事業計画を作成できるが、入力前提も細かくしなければならないし、計算量も増える。時系列粒度を決定するためには、これらのトレードオフを見極める必要がある。

東京モデリングアソシエイツ株式会社
マネージングディレクター
川井 文哉

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【コラム】(財務モデリングの最先端)第1回 財務モデルの目的

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