【コラム】(プロファイバンカーの視座)第81回 キャッシュフロー・コントロール手法(32) 応用モデル

2021.08.12 連載コラム

ナレッジパートナー:井上 義明


(4)キャッシュ・スイープ(Cash Sweep)続き

前回からキャッシュ・スイープを採り上げている。キャッシュ・スイープとは本来なら配当金の支払いに充てられる余剰キャッシュ(配当可能金額)の一部を借入金の返済に充当することだという説明をしてきた。

今回はまず、余剰キャッシュの一部を借入金の返済に充当すると言うときの「返済」について少し考えてみたい。この「返済」は通常借入金の一部繰り上げ償還を行うことを意味している。余剰キャッシュの一部を借入金の繰り上げ償還に充てることによって、借入金の返済が当初のスケジュールよりも早く進む。キャッシュ・スイープを何度か実施すれば、借入金の最終返済日はその都度前倒しになる。つまり、キャッシュ・スイープは本来なら配当金の支払いに充てられる余剰キャッシュの一部を借入金の一部繰り上げ償還に充当することによって、借入金の返済を早めるものである(注)。レンダーにとってはローン債権の保全策の一環でもある。

ときどき筆者は一般の企業に勤務する方から質問を受けることがある。「借入金が早く返済されるとレンダーは受取利息が減ってしまうので、レンダーにとって好ましいことではないのではないか」と。これは企業向け融資ではその通りかもしれない。しかし、事業向け融資であるプロジェクトファイナンスでは、レンダーが引き受けているリスクは企業向け融資の場合に比べて遥かに大きい。そのためプロジェクトファイナンス・レンダーにとって借入金が早く返済されることは実は歓迎するところである。しかも、プロジェクトファイナンスではレンダーは融資契約書の成約直後に相応のアップフロントフィーを受領する。レンダーにとってはアップフロントフィーを受領したときが融資に対するリターン(Return on Loan)が最も高くなっている。アップフロントフィーを受領した後は、融資に対するリターンは受取利息(厳密にはそのうちのローン・マージン部分)のみにとどまる。融資に対するリターンという融資の経済性の観点から見ると、プロジェクトファイナンス・レンダーにとって繰り上げ償還は悪いことではないのである。早期に資金の回収を図り、回収した資金を再び新たな案件に融資しアップフロントフィーを収受することが、実はレンダーの経済合理性に合致する。

さて、本コラム第78回でディファーラルを採り上げたときに、一旦ディファーラルを利用するとディファーラルした部分の約定返済金が支払われるまでの間、配当金の支払いはできなくなるという説明をした。そして、ディファーラルした部分の約定返済金の支払いは、配当金の支払いを一旦停止して余剰キャッシュをすべて充当して行われるとも説明した。ということは、ディファーラルを利用してからディファーラルした部分の約定返済金が支払われるまでの間は、いわば100%借入金返済のキャッシュ・スイープが機能しているのと同じ状態でもある。そして、このとき余剰キャッシュを充当している先は借入金の繰り上げ償還ではなく(ディファーラルした)約定返済分である。上記で『この「返済」は通常借入金の一部繰り上げ償還を行うことを意味している』と記載した。しかし、ディファーラルを利用したときのキャッシュ・スイープは余剰キャッシュが約定返済金に充てられている。借入金の繰り上げ償還に充てられているわけではない。やや細かい点ではあるが、キャッシュ・スイープは通常余剰キャッシュが繰り上げ償還に充てられるものであるが、ディファーラルを利用したときに限っては余剰キャッシュは約定返済金に充てられる。同じキャッシュ・スイープではあるが、余剰キャッシュを充当する先が異なる点に留意しておきたい。(次回に続く)

注)プロジェクトファイナンスでは借入金の一部繰り上げ償還が行われると、その分借入金の返済期間を短縮するのが普通である。これを英語でPrepayments shall be applied in inverse order of maturityなどと表現する。

プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明

*アイキャッチ Photo by Claudio Testa on Unsplash

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