2024.10.05
【コラム】(プロファイバンカーの視座)第117回 ファイナンスと事業利回り(23)- ケース1~7のまとめ7
2023.02.09 連載コラム
【出資者(スポンサー)の事前作業とアンカリング効果】
これまでファイナンス条件を変更することによって、出資者(スポンサー)の事業利回り(内部収益率/IRR)がどう改善してゆくのかを見てきた。その際にプロジェクトファイナンス・レンダーが重視するDSCRの平均値の変化にも注目してきた。主要なファイナンス条件のうち、「返済期間の延長」「出資比率の引き下げ」「借入金利の引き下げ」によって、出資者(スポンサー)の事業利回り(内部収益率/IRR)が改善することは広く知られている。しかし、これらを実務の現場で実際に実現するためにはプロジェクトファイナンス・レンダーに応諾してもらわなければならない。プロジェクトファイナンス・レンダーが応諾するかどうかの判断基準の一つとして、DSCRの平均値は重要である。従って、出資者(スポンサー)はこれらのファイナンス条件の変更がDSCRの平均値にどのような影響を与えるのかを予め理解しておかないと、そもそもプロジェクトファイナンス・レンダーとの交渉で見通しが立てられない。
なお、本稿ではレンダーにとっての重要な指標として「DSCRの平均値」と言ってきた。しかし、これは毎年のDSCRの値が大幅に上下しても良いという意味ではない。毎年のDSCRの値は、例えば「電力型」事業であれば1.30あるいは1.40以上を維持していて、その結果「DSCRの平均値」も1.30あるいは1.40以上になる、という状態を想定している。数学的には毎年のDSCRの値が大幅に上下しても(例えば下は1.00から上は1.80のように)「DSCRの平均値」は1.40程度を達成できるかもしれない。しかし、プロジェクトファイナンス・レンダーは融資した資金が予定通り回収できるのかという観点で事業を見ている。この観点から、例えばDSCRの値が1.00になるような年が1回でも想定されているような事業に対しては、レンダーは融資をしたいと思わない。DSCRの値が1.00の年は辛うじて元利金の支払いは可能ではあるとはいうものの、仮に実際の事業収支が少しでも下振れしてDSCRの値が1.00を下回った途端、元利金の一部が支払いできなくなる。元利金の一部でも支払いができなければ、融資契約上デフォルト(債務不履行)である。
さて、冒頭に「ファイナンス条件を変更することによって、出資者(スポンサー)の事業利回り(内部収益率/IRR)がどう改善してゆくのかを見てきた」と記した。しかし、実務の現場で出資者(スポンサー)が頻繁にファイナンス条件の変更をプロジェクトファイナンス・レンダーに申し入れることはお勧めしない。「頻繁に」ではなくても、そもそも「返済期間」「出資比率」「借入金利」などの重要なファイナンス条件について、変更を申し入れること自体をお勧めしない。本稿では読者の理解を助けるために、「返済期間の延長」「出資比率の引き下げ」「借入金利の引き下げ」などのファイナンス条件を変更することによって、出資者(スポンサー)の事業利回り(内部収益率/IRR)がどのように改善するのかを説明してきた。加えて、プロジェクトファイナンス・レンダーが重視するDSCRの平均値の変化も子細に見てきた。しかし、実務の現場では出資者(スポンサー)がプロジェクトファイナンス・レンダーとの交渉の途中でファイナンス条件の変更を申し入れることはそう多くはない。出資者(スポンサー)は交渉の途中で変更を申し入れるのではなく、交渉のはじめからプロジェクトファイナンス・レンダーが受け入れるであろうファイナンス条件のうち、出資者(スポンサー)にとって最適な(つまり最も事業利回りを高める)ファイナンス条件を提示してゆくのである。そのために、出資者(スポンサー)はプロジェクトファイナンス・レンダーとの交渉に入る前に、ファイナンス条件次第で事業利回り(内部収益率/IRR)がどうなるのかを予め検証しておくのである。出資者(スポンサー)自身が事前に検証したうえで、「返済期間はxx年で行こう」「出資比率はxx%で行こう」「借入金利(ローン・マージン)はxxx%で行こう」とファイナンス・プランを立てておくことが重要である。
心理学でアンカリング効果というのが知られている。アンカリング効果というのは、「最初に提示された数字や条件が基準となって、その後の判断が左右されてしまう」という心理的効果のことである。いわゆる認知バイアスの一つである。ファイナンスビジネスの世界でもアンカリング効果は存在する。例えば出資者(スポンサー)が一旦「返済期間は18年で」とプロジェクトファイナンス・レンダーに伝達してしまうと、後刻「返済期間はやっぱり20年にできませんか」と変更を申し入れても、プロジェクトファイナンス・レンダーの応諾を得るのに難儀するかもしれない。プロジェクトファイナンス・レンダーの心理の中に「返済期間18年」が一旦定着してしまうからである。出資比率も同様で、出資者(スポンサー)が「出資比率は30%で」とプロジェクトファイナンス・レンダーに伝達してしまうと、後刻「出資比率はやっぱり20%にできませんか」と変更を申し入れても、応諾してもらえるかどうか分からない。
アンカリング効果が示唆していることは、「はじめに提示する数字が重要だ」ということである。何事も「はじめが肝心」である。出資者(スポンサー)がファイナンス・プランを練る初期の段階から「返済期間」「出資比率」「借入金利」などの重要なファイナンス条件について、自ら知見を持つことである。本稿は便宜上ファイナンス条件を変更することによって、出資者(スポンサー)の事業利回り(内部収益率/IRR)がどう改善してゆくのかを見てきた。しかし、この作業は出資者(スポンサー)が事前に自ら検証しておくべき作業である。プロジェクトファイナンス・レンダーとの交渉の途中でファイナンス条件の変更を申し入れることをお勧めしているものではない。この点を改めてご留意して頂くと幸いである。
プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明
*アイキャッチ UnsplashのEfe Kurnazが撮影した写真
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