【コラム】(プロファイバンカーの視座)第114回 ファイナンスと事業利回り(20)- ケース1~7のまとめ4

2022.12.22 連載コラム

ナレッジパートナー:井上 義明


【ファイナンスによる事業利回り向上策の比較】

前回から事業利回り(内部収益率/IRR)が向上する「ケース1」(返済期間の延長)、「ケース2」(出資比率の引き下げ)、「ケース3」(借入金利の引き下げ)を比較している。いずれのケースも事業利回り(内部収益率/IRR)を向上させるのは間違いない。しかし、DSCRの平均値への影響は同じではない。「ケース1」(返済期間の延長)と「ケース3」(借入金利の引き下げ)はDSCRの平均値を引き上げる。しかし、「ケース2」(出資比率の引き下げ)はDSCRの平均値を引き下げる。

なぜこういう結果になるのか。今回はその理由を確認しておこうと思う。 まず「ケース1」であるが、「ケース1」は返済期間を延長しているので、レンダーに返済するための原資に当たる事業会社(借主)の創出するキャッシュフローの総量は増える。一方で、返済期間を延長することによって毎年の元利返済金額は減少する。例えば、住宅ローンで借入金額が同額なら20年返済より30年返済の方が月々の元利返済金額が減少することを思い起こせば、このことは理解しやすい。DSCRは借主である事業会社が創出するキャッシュフロー(厳密にはCash Flow Available for Debt Service)を元利返済金額で割ったもの(除したもの)である。返済期間の延長により、分子に当たるキャッシュフローが増え、他方で分母に当たる毎年の元利返済金額が減っている。従って、DSCRの平均値は引き上がる。

次に「ケース2」であるが、「ケース2」は出資比率を引き下げているので、その分借入比率が引き上がる。借入比率が引き上がるということは、借入金額が増加する。借入金額が増加するということは、毎年の元利返済金額も増加する。しかし、事業会社(借主)の創出するキャッシュフローの総量は不変である。ということは、DSCRを計算するとどうなるのか。分子に当たるキャッシュフローが不変で、分母に当たる毎年の元利返済金額が増えている。従って、DSCRの平均値は引き下がる。

最後に「ケース3」であるが、「ケース3」は借入金利を引き下げているので、毎年の元利返済金額はその分減少する。この「ケース3」でも「ケース2」と同様に、事業会社(借主)の創出するキャッシュフローの総量は不変である。ということは、DSCRを計算するとどうなるのか。もうお分かりであろう。分子に当たるキャッシュフローが不変で、分母に当たる毎年の元利返済金額が減っている。従って、DSCRの平均値は引き上がる。

さて、前回の最後のところで「一般論としてはDSCRの平均値が引き上がることはプロジェクトファイナンス・レンダーにとって良いことである。逆にDSCRの平均値が引き下がることはプロジェクトファイナンス・レンダーにとって悪いことである。」と指摘した。「ケース1」(返済期間の延長)と「ケース3」(借入金利の引き下げ)はDSCRの平均値が引き上がっているが、プロジェクトファイナンス・レンダーにとって良いことであろうか。「ケース2」(出資比率の引き下げ)はDSCRの平均値が引き下がっているが、プロジェクトファイナンス・レンダーにとって悪いことであろうか。最後にこの点を確認しておこう。

まず「ケース1」であるが、「ケース1」は返済期間を延長しているので、レンダーにとっては融資の回収リスクが延長した分だけ高くなる。融資の回収リスクが高くなったことを数値で示すのはなかなか難しい。さらに融資の回収リスクについての評価はレンダーによって分かれることがある。返済期間を延長しても融資の回収リスクはさほど高まっていないと考えるレンダーは、その返済期間の延長を受け容れる。他方、返済期間の延長によって融資の回収リスクは高まっていると考えるレンダーは、(他の条件が変わらなければ)その返済期間の延長を受け容れない。「融資の回収リスクについての評価はレンダーによって分かれる」とは、こういうことである。

次に「ケース2」であるが、「ケース2」は出資比率を引き下げることによってDSCRの平均値が引き下がった。これは例外なくプロジェクトファイナンス・レンダーにとって悪いことである。しかし、実務の現場では引き下がった後のDSCRの平均値の絶対値が重要である。プロジェクトファイナンス・レンダーは許容するDSCRの平均値の下限を持っている。DSCRの平均値の絶対値がこれを下回るなら、拒絶する。しかし、DSCRの平均値の絶対値がこれを上回るなら、受け容れる。出資者(スポンサー)はプロジェクトファイナンス・レンダーが持っている許容範囲のDSCR平均値の下限を探り、出資比率をどこまで引き下げられるかを見極めることが大切である。

最後に「ケース3」であるが、「ケース3」は借入金利を引き下げている。ここで問題となるのは、この借入金利の引き下げはどうして発生したのか、という点である。借入金利は基準レートとローン・マージンから成っている。基準レートが引き下がったために借入金利が引き下がったのなら、プロジェクトファイナンス・レンダーにとっては良いことである。その結果、DSCRの平均値が引き上がってくれるので有難い。しかし、ローン・マージンが引き下がったために借入金利が引き下がったのなら、プロジェクトファイナンス・レンダーにとっては憤懣やるかたない。それによって多少DSCRの平均値は引き上がるだろうが、プロジェクトファイナンス・レンダーは苦虫をかみつぶしたような顔をするに違いない。(次回に続く)

プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明

*アイキャッチ UnsplashJosh McCauslandが撮影した写真

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