【コラム】(プロファイバンカーの視座)第116回 ファイナンスと事業利回り(22)- ケース1~7のまとめ6

2023.01.26 連載コラム

ナレッジパートナー:井上 義明


【複合ケースの比較】

前回から「ケース1」(返済期間の延長)、「ケース2」(出資比率の引き下げ)、「ケース3」(借入金利の引き下げ)を組み合わせた複合ケースについて見ている。複合ケースは全部で4ケースあった。「ケース1」と「ケース2」を組み合わせた「ケース4」、「ケース1」と「ケース3」を組み合わせた「ケース5」、「ケース2」と「ケース3」を組み合わせた「ケース6」、「ケース1」「ケース2」「ケース3」すべてを組み合わせた「ケース7」である。前回はこれまで見てきた「全ケースの結果」を一覧表にお示しするとともに、「ケース1」と「ケース2」を組み合わせた「ケース4」を見てきた。今回は残りの「ケース5」、「ケース6」、「ケース7」を見てゆくことにする。なお、以下の説明を読んでいただくにあたり、前回掲載した「全ケースの結果」の一覧表をご参照ください。

「ケース5」
「ケース5」は「ケース1」(返済期間の延長)と「ケース3」(借入金利の引き下げ)を組み合わせたものである。「ケース1」も「ケース3」もそれぞれ出資者(スポンサー)の事業利回り(内部収益率/IRR)を引き上げるだけではなく、DSCRの平均値も引き上げる。従って、両ケースを組み合わせた「ケース5」は、出資者(スポンサー)の事業利回り(内部収益率/IRR)を引き上げ、かつDSCRの平均値も引き上げる。「ケース5」は、出資者(スポンサー)の事業利回り(内部収益率/IRR)を12.80%まで(ベースケース比1.97ポイントのプラス)に引き上げ、DSCRの平均値も1.84まで(ベースケース比0.19ポイントのプラス)引き上げる。「ケース5」の評価については、一見すると出資者(スポンサー)にとっても、レンダーにとっても良さそうである。しかし、出資者(スポンサー)の事業利回り(内部収益率/IRR)の向上は、ファイナンスの条件を変更して獲得したものである以上、なんらかの負担をレンダーに課した結果であることを思い起こす必要がある。「ケース5」の場合、まず返済期間の延長(「ケース1」)でレンダーの融資の回収リスクが高まっている。借入金利の引き下げ(「ケース3」)については、基準レートの引き下げによるものか、ローン・マージンの引き下げによるものか、によって評価が分かれる。基準レートの引き下げによる借入金利の引き下げであれば、レンダーに負担は発生しない。しかし、ローン・マージンの引き下げによる借入金利の引き下げであれば、レンダーに大きな負担が発生する。

「ケース6」
「ケース6」は「ケース2」(出資比率の引き下げ)と「ケース3」(借入金利の引き下げ)を組み合わせたものである。「ケース2」も「ケース3」も出資者(スポンサー)の事業利回り(内部収益率/IRR)を引き上げるが、「ケース2」についてはDSCRの平均値をかなり引き下げる点注意を要する。その結果、「ケース2」と「ケース3」を組み合わせた「ケース6」は、出資者(スポンサー)の事業利回り(内部収益率/IRR)を14.66%まで(ベースケース比3.83ポイントのプラス)大幅に引き上げるが、DSCRの平均値を1.50まで(ベースケース比0.15ポイントのマイナス)引き下げる。「ケース2」による出資比率の引き下げはDSCRの平均値を引き下げる効果が大きい。「ケース6」の評価については、既に指摘の通り、出資比率の引き下げによってDSCR平均値の引き下げ余儀なくされるが、引き下がった後のDSCR平均値の絶対値が重要である。DSCR平均値の絶対値がプロジェクトファイナンス・レンダーの許容の範囲内に収まっていれば、レンダーが受け入れる可能性は高い。

「ケース7」
最後に「ケース7」であるが、「ケース7」は「ケース1」(返済期間の延長)、「ケース2」(出資比率の引き下げ)、「ケース3」(借入金利の引き下げ)のすべてのケースを組み合わせたものである。「ケース1」「ケース2」「ケース3」とも出資者(スポンサー)の事業利回り(内部収益率/IRR)を引き上げる。さらに「ケース1」と「ケース3」はDSCRの平均値も引き上げる。しかし、「ケース2」はDSCRの平均値を大幅に引き下げる。その結果、「ケース1」「ケース2」「ケース3」のすべてを組み合わせた「ケース7」は、出資者(スポンサー)の事業利回り(内部収益率/IRR)を16.50%まで(ベースケース比5.67ポイントのプラス)大幅に引き上げるが、DSCRの平均値は1.62(ベースケース比0.03ポイントのマイナス)である。「ケース7」の評価については、出資者(スポンサー)の事業利回り(内部収益率/IRR)を大幅に引き上げていながら、一方でDSCRの平均値はベースケース並みを維持しているところが出色な点である。特に出資比率の引き下げがDSCRの平均値を大幅に引き下げるが、返済期間の延長や借入金利の引き下げはDSCRの平均値を引き上げる。そのため、DSCRの平均値の維持が実現している。読者の方々の中にも「出資比率をもう少し下げられないか」と苦心したご経験をお持ちの方がおられよう。その際に、出資比率の引き下げだけをプロジェクトファイナンス・レンダーと交渉するのではなく、例えば返済期間の延長も交渉に加えることによって、DSCRの平均値を相応維持することができる可能性がある。つまり、ファイナンス条件の変更は複数を組み合わせることで、出資者(スポンサー)の事業利回り(内部収益率/IRR)の大幅な引き上げを実現しながら、プロジェクトファイナンス・レンダーが重視しているDSCRの平均値を相応確保することができる場合がある。これが「ケース7」から得られる最大の示唆と言えよう。(次回に続く)

プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明

*アイキャッチ UnsplashPascal Meierが撮影した写真

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