【コラム】(プロファイバンカーの視座)第97回 ファイナンスと事業利回り(3)- ベースケース続き

2022.04.14 連載コラム

ナレッジパートナー:井上 義明


借入金の金利水準(Interest Rate)- 「基準レート+ローン・マージン」

前回からベースケースとなる事例の内容を説明している。前回は総事業費と借入金の通貨について説明した。今回は借入金の金利水準について説明をしようと思う。そもそも借入金の金利水準はどのように構成されているのであろうか。

借入金の金利水準は通常「基準レート(基準金利)」に「ローン・マージン」を加算して出来上がっている。つまり「借入金の金利水準=基準レート+ローン・マージン」ということになる。基準レートは長い間LIBOR(ライボー)が使用されてきた。しかし、LIBOR算出の過程で不正が発覚し、現在代替の基準レートに変更されつつある。注意すべきは、この基準レートがLIBORにしろ代替の基準レートにしろ、常に市場で動いている変動レートであるということである。レンダーは通常3か月もしくは6か月おきに最新の基準レートで市場から資金調達を繰り返している。そのため、借主(事業会社)から見ると、3か月もしくは6か月おきに借入金の金利水準が変動する。この変動が発生するのは基準レートが市場で変動しているからである。またプロジェクトファイナンスによる借入金(ローン)は原則「変動金利型」であるとも言われる。「変動金利型」と言われる理由も、基準レートが変動しているからである。さて借入金の金利水準を構成するもう一つの要素「ローン・マージン」であるが、これは文字通りレンダーの利益となる部分である。レンダーから見ると、基準レートの部分がいわば資金の仕入れ価格に当たり、「基準レート+ローン・マージン」が借主への資金の販売価格に当たる。両者の差額にあたる「ローン・マージン」が融資を供与するレンダーの収益源である。

【借入金の金利水準】

さて、本事例の借入金の金利水準に戻ろう。本事例では年率4.00%と仮定しておいた。これは通年で年率4.00%固定と仮定している。借入金の金利水準を通年で固定させているのは、基準レートが市場で常に変動しているという上記の説明と辻褄が合わないではないか。そのように疑問に思われた方はごもっともである。どうして現実の世界では基準レートが変動しているのに(従って借入金の金利水準も変動しているのに)、事業のキャッシュフロー分析では借入金の金利水準を固定しているのか。その理由は、第一に事業のキャッシュフロー分析で取り扱う期間は20年のような長期間であり、そのような長期間にわたる基準レートの見通しは誰にも予想できないからである。向こう20年の基準レートがどのような水準になるのか、ファイナンスや金融の専門家でも分からない。だから、一定水準に固定した基準レートを仮定せざるを得ない。第二に事業のキャッシュフロー分析を行う事業主(スポンサー、出資者)の目的は主に事業の利回り(内部収益率/IRR)を算出することなので、将来の借入金の金利水準はある程度の仮定を置くことができれば良いからである。

幸い向こう10年程度の固定金利の基準レートについては先進国の通貨であればいくつか指標が存在する。事業のキャッシュフロー分析を行う実務では、こういった10年程度の固定金利の基準レートの指標を利用してゆく。本事例は米国ドルで借入をすることを想定しているので、米国ドルの期間10年の固定金利の基準レートの指標を見てゆこう。実務的に参考になる指標が少なくとも二つ存在する。一つは米国ドルの期間10年のスワップレートである。英語ではUSD 10-year Swap Rateなどと表記される。米国ドルの期間10年のスワップレートというのは、変動金利の基準レートを期間10年の固定金利に交換(スワップ)した際の固定金利の水準を示している。いわゆる金利スワップを行う際に、変動金利を固定金利にしたらどの程度の水準になるかを示す指標である。もう一つは米国の期間10年の国債の利回り(直近に発行された国債があれば、そのクーポンレートでも良い)である。米国国債の利回りも米国ドルの長期の基準レートを示す指標として見ることができる。米国ドルの期間10年のスワップレートと期間10年の米国国債の利回りとはほぼ同一水準である。本原稿執筆時点(2022年4月7日)での両者の金利水準を見てゆくと、例えば次の通りである。

【スワップレートと米国国債利回り】

上記で示した米国ドルの期間10年のスワップレート(USD 10-year Swap Rate)であるが、これは変動金利の基準レートSOFR(注)を固定金利にしたスワップレートである。なお、米国の連邦準備制度理事会(FRB)は今年の3月に政策金利の引き上げを行っており、今後も引き上げを継続する意向である。本稿ではあくまで現時点での金利水準を前提に話を進めてゆきたいと思う(正直なところ、政策金利が引き上げられつつある最中に金利の話をするのは混乱を招きやすいので、筆者には少々憚られる)。

本事例の借入金の金利水準は年率4.00%と仮定している。期間10年の固定金利の基準レートの二つの指標は現時点では上記の通り年率2.30%から2.50%程度である。仮に基準レートを年率2.50%だったとしよう。そうすると、借入金の金利水準は「基準レート+ローン・マージン」で構成されているから、「ローン・マージン」はこの場合年率1.50%ということになる。ローン・マージン年率1.50%というのは現状の市場でどうであろうか。昨今の「電力型」プロジェクトファイナンス案件のローン・マージンとしては場合によると少々高めかもしれない。電力購入者(オフテイカー)の信用力にもよるが、これまで世界的な金融緩和が長く続きレンダー間の融資競争は激しい。電力購入者(オフテイカー)の信用力が高く、売電契約の内容もしっかりしているとすれば、実際にはローン・マージン年率1.50%を下回る可能性は高い。一方で、既に言及の通り、米国の連邦準備制度理事会(FRB)による政策金利の引き上げは今年だけでもあと数回行われると予想されている。そうすると、米国ドルの期間10年のスワップレートも期間10年の米国国債の利回りもまださらに上昇してゆく。つまり、基準レートの部分は今後上昇してゆく見通しである。

もっとも、ここで重要なことは借入金の金利水準は「基準レート」と「ローン・マージン」の和から構成される、という基本である。事業のキャッシュフロー分析を行おうとしているときに「借入金の金利水準はどのくらいを仮定しておけば良いだろう」という問いには根拠を持って回答を用意したい。そのためには、借入金の金利水準は「基準レート」と「ローン・マージン」の和から構成されている事実を踏まえて、「基準レート」の動向と「ローン・マージン」の動向のそれぞれについて知見や見通しを持っておく必要がある。(次回に続く)

(注)SOFRはSecured Overnight Financing Rate(担保付翌日物調達金利)の略称。米国の銀行間取引の指標となる金利で、ニューヨーク連邦準備銀行が2018年4月から公表を開始。米ドルLIBORの代替指標となっている。

プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明

*アイキャッチ Photo by Grzegorz Górniak on Unsplash

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