【コラム】(プロファイバンカーの視座)第96回 ファイナンスと事業利回り(2)- ベースケース

2022.03.24 連載コラム

ナレッジパートナー:井上 義明


前回は新しいテーマの内容と狙いを記載させて頂いた。今回から早速事例を用いて話を進めてゆく。まずベースケース(Base Case)となる事例をご紹介しておきたいと思う。このベースケースの事例を使用して、今後ファイナンスの条件を変化させて事業利回り(内部収益率/IRR)がどのように変化するかを見てゆきたい。ベースケースとする事例は次の通りである。

【ベースケース】

このベースケースの事例の具体的な内容を説明してゆく。

総事業費(Project Costs)

まず総事業費(Project Costs)であるが、切りよくUSD 1,000Milと仮定する。そして、その総事業費の資金調達であるが、出資金(Equity)でUSD 300Milを調達し、プロジェクトファイナンスによる借入金(Debt)でUSD 700Mil調達することとしている。そうすると、この事例では出資比率は30%、借入比率は70%ということになる。昨今の再生可能エネルギー事業では出資比率20%、借入比率80%という事業も随分散見されるので、それらに比べると本事例の出資比率・借入比率はやや保守的かもしれない。もっとも、これから出資比率・借入比率も変化させてその結果を検証してゆくので、ベースケースとしては敢えて出資比率30%、借入比率70%としておきたい。

借入金の金利水準(Interest Rate)- 借入金の通貨

次に借入金の金利水準(Interest Rate)であるが、本事例は総事業費の資金調達を米国ドルで行うことを想定している。つまり出資金も借入金も米国ドルで資金調達する。借入金を米国ドルで行うので、借入金の金利水準は年率4.00%と仮定しておく。言うまでもなく、借入金の金利水準というのは通貨によって異なる。つまり借入金の通貨が異なれば、借入金の金利水準も異なる。例えば新興国の通貨で借入をするなら、借入金の金利水準はもっと高くなろう。日本円で借入をするなら、この借入金の金利水準は現時点でもう少し低くなろう。因みに、通貨によって借入金の金利水準が異なるというお話しをすると、「だったら、借入金の金利水準が最も低い通貨で借入をすればいい」と考えられる方がときどきいらっしゃる。しかし、これは甚だ早計である。どうして早計と断ずるかというと、どの通貨で借入金を行うかという判断は通貨の金利水準で決めるものではないからである。どの通貨で借入金を行うか、つまり借入金の通貨の選択というのは事業収入の通貨と一致させるようにしなければならない(借入金の通貨=事業収入の通貨)。なぜかというと、借入金はいずれ返済しなければならない。借入金は借りたときの通貨で返済する(注)。返済する原資は事業からの収入である。従って、事業収入の通貨と借入金の通貨が一致していれば、事業収入の通貨を以って借入金の返済を行うことができるからである。

仮に借入金の通貨と事業収入の通貨が一致していないと何が起こるのか。借入を行った事業会社は借入金の返済の都度、事業収入で得た通貨を借入金の通貨に両替をしなければならなくなる。繰り返しになるが、借入金は借りたときの通貨で返済しなければならないからである。借入金の返済の期間は、本稿では再生可能エネルギーなどの事業資金の借入を想定しているので、20年前後と非常に長い。20年前後にも及ぶ借入金返済期間の間、事業会社は事業収入で得た通貨を借入金の通貨に両替を続けてゆくのか。万が一、事業収入で得た通貨(例えば新興国の通貨)が借入金の通貨(例えば米国ドル)に対して暴落でもしたら、一体どうなってしまうのか。

こういう状態を「事業会社は為替リスク(為替変動リスク)を負っている」と言う。事業会社に無闇に為替リスクを負わせるのは論外である。ファイナンスの視点からは邪道と言っても過言ではない。その事業会社が総事業費を出資者の出資金だけで資金調達をしているのならいざ知らず(その場合にはレンダーが云々することではなくなるが)、プロジェクトファイナンスによる借入金を利用しているならばプロジェクトファイナンス・レンダーは事業会社がこのような為替リスクを負うことを許さない。「借入金の通貨=事業収入の通貨」という為替リスクの回避方法はプロジェクトファイナンスの世界では必須である。本事例ではプロジェクトファイナンスによる借入金を米国ドルで想定しているが、このことは本事例の事業会社が事業収入を米国ドルで得ているということである。事業会社の事業収入が米国ドルならば、借入金は米国ドルで行うより他にない。借入金を米国ドルで行う以上、米国ドルの金利水準を甘受するのは当然である。(次回に続く)

(注)「借入金は借りたときの通貨で返済する」という点で興味深いのは、昨今ロシア政府が米国ドル建ての国債の利払いをロシアの通貨ルーブルで行うかもしれないという報道があったことである。国債は米国ドル建てなので、利払いも米国ドルで行わなければならない。ルーブルでの利払いはデフォルト(債務不履行)である。

プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明

*アイキャッチ Photo by Anna Jiménez Calaf on Unsplash

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