【コラム】(プロファイバンカーの視座)第94回 キャッシュフロー・コントロール手法(45) まとめ6

2022.02.24 連載コラム

ナレッジパートナー:井上 義明


前回までの「まとめ」で、これまで説明してきたキャッシュフロー・コントロール手法について要約を終えた。実はキャッシュフロー・コントロール手法の応用モデルとして追加しておいても良いと思われるキャッシュフロー・コントロール手法がもう一つある。今回はそれを採り上げようと思う。それは「ミニマックス返済スケジュール」(Mini-Max Repayment Schedule)と呼ばれているものである。「ミニマックス返済スケジュール」というのは、借入金の返済スケジュールに工夫を凝らしている。具体的には「ミニマックス返済スケジュール」では借入金の返済スケジュールを二つ用意する。「最小返済金額のスケジュール(Minimum Repayment Schedule)」と「最大返済金額のスケジュール(Maximum Repayment Schedule)」である。通常の融資において返済スケジュールが二つ存在するというのはいかにも異例である。しかし、返済スケジュールを二つ用意することによって、事業会社(借主)のキャッシュフロー状況に対して柔軟に対処しようとするレンダーの工夫がある。

具体的には借主のキャッシュフローが苦しいときには、レンダーは借主が「最小返済金額のスケジュール」に従って返済することを許容する。「最小返済金額のスケジュール」を遵守して最小限の返済をしている限りは、借主は債務不履行(デフォルト)にはならない。「最小返済金額のスケジュール」はその名の通り、借主の返済額の負担が最も小さい。従って、借主のキャッシュフローが苦しいときでも、なんとか遵守できそうな水準の返済スケジュールである。仮に借入金の返済スケジュールが一つしかない通常の場合であれば、その返済スケジュールが遵守できなければ即刻借主は債務不履行(デフォルト)になる。「ミニマックス返済スケジュール」では「最小返済金額のスケジュール」さえ遵守できていれば、借主は債務不履行(デフォルト)にはならない。「最小返済金額のスケジュール」は、返済スケジュールが一つしかない通常の場合の返済スケジュールよりは返済スケジュールを緩くしておく。そうしておくことで、通常の返済スケジュールの下では借主が債務不履行(デフォルト)になっているかもしれない状況であっても、「ミニマックス返済スケジュール」の下では借主は債務不履行(デフォルト)を免れる。

一方で借主のキャッシュフローに余裕が出てきたときには「最大返済金額のスケジュール(Maximum Repayment Schedule)」の範囲内で最大限の返済を借主に義務付ける。こうすることによって、借主のキャッシュフローに余裕があるときには借入金の返済を促進する。つまり、借主は「最小返済金額のスケジュール」と「最大返済金額のスケジュール」の間で借入金の返済を行う。借入金の返済スケジュールに一定の幅を持たせている点がこの「ミニマックス返済スケジュール」の巧妙なところである。こうすることによって、借主の借入金の返済に柔軟性を持たせ、キャッシュフローに窮した借主を助ける。一方借主のキャッシュフローが潤沢なときには借入金の返済を促す。

2003年中国の石油化学事業(注1)向けのプロジェクトファイナンスに実際に「ミニマックス返済スケジュール」は利用された。石油化学事業では石油化学製品の価格が周期的に変動するので、事業会社(借主)のキャッシュフローはどうしても変動余儀なくされる。これに対するキャッシュフロー対応策として、レンダーが「ミニマックス返済スケジュール」の利用を決めたわけである。事業の特性に合わせたキャッシュフロー・コントロール手法と言っていい。「ミニマックス返済スケジュール」のキャッシュフロー・コントロール手法を図示すると、次のようになる(注2)

【ミニマックス返済スケジュールの概念図】

この「ミニマックス返済スケジュール」を例えばキャッシュ・スイープと比べてみると、その特長が見えてくる。キャッシュ・スイープでは借主のキャッシュフローが毎年潤沢であると、そのうちの一定割合が借入金の返済に充当される。従って、キャッシュ・スイープでは借主のキャッシュフローが潤沢であり続けると、猛烈な勢いで借入期の返済(繰り上げ償還)が継続する。ところが、「ミニマックス返済スケジュール」では借主のキャッシュフローが毎年潤沢であり続けたとしても、「最大返済金額のスケジュール」以上の借入金の返済は強制されない。つまり、借主のキャッシュフローが毎年潤沢であり続けたとしても、「ミニマックス返済スケジュール」では借入金の返済に上限があると言える。ところがキャッシュ・スイープではキャッシュフローの一定割合が否が応でも借入金の返済に充当され続ける。

さて、キャッシュ・スイープを説明したときに、キャッシュ・スイープは昨今急増している再生可能エネルギー事業(太陽光発電事業や風力発電事業等)向けのプロジェクトファイナンスに利用されることが多いと指摘した。その理由は、再生可能エネルギー事業では「将来のキャッシュフローが必ずしも安定していないから」である。これはどんな事業に比べて「安定していない」と捉えているのかというと、専ら火力発電事業に比べてである。太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギー事業は発電事業ではあっても、火力発電の事業とは事業収入(電力収入)の仕組みが大きく異なる。再生可能エネルギー事業では通常「実際の発電量」に対して事業収入(電力収入)が支払われる。「実際の発電量」は日照時間や風況などの気象条件によって変わる。一方、火力発電の事業では事業収入(電力収入)は「発電容量」に対して支払われる。従って、火力発電事業の事業収入(電力収入)は相対的に安定している。

本稿で説明してきた「ミニマックス返済スケジュール」の手法も、まさに「将来のキャッシュフローが必ずしも安定していない」事業に向いている。そういう点では再生可能エネルギー事業向けプロジェクトファイナンスで、「ミニマックス返済スケジュール」の手法はキャッシュ・スイープとほぼ同様の機能や効果が期待できそうである。

注1) この事業はSHELL NANHAI PETROCHEMICALS COMPLEXである。オイルメジャーのシェル(Shell)と中国の国営石油会社China National Offshore Oil Company(CNOOC)との合弁事業である。https://www.shell.com/about-us/major-projects/nanhai-petrochemicals-complex.html

注2) 「ミニマックス返済スケジュール」(Mini-Max Repayment Schedule)については拙著『実践プロジェクトファイナンス』p180-p181をご参照ください。

(「キャッシュフロー・コントロール手法」完結)

プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明

*アイキャッチ Photo by Matteo Massimi on Unsplash

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