【コラム】(プロファイバンカーの視座)第88回 キャッシュフロー・コントロール手法(39) 応用モデル

2021.11.25 連載コラム

ナレッジパートナー:井上 義明


(4)キャッシュ・スイープ(Cash Sweep)

キャッシュ・スイープの話題から借入金の返済期間の長短がスポンサーの内部収益率(IRR)に与える影響を見てきた。ファイナンスの条件の中にキャッシュ・スイープの仕組みが入っていると、これが発動されたときに結果的に借入金の返済が進むので借入金の期間は徐々に短くなる。借入金の期間が短くなると、スポンサーが受領する配当金の現在価値の合計も減少し、スポンサーの内部収益率(IRR)を引き下げる。「キャッシュ・スイープが発動されれば、借入金が早く返済できて、その結果レンダーへ支払う借入金利息の金額が減少するので良いのではないか」という考え方は、スポンサーの内部収益率(IRR)を最大化しようとする観点からは、間違いである。

さて、これまでキャッシュ・スイープがスポンサーの内部収益率(IRR)に与える影響に注目してきた。ここでレンダーの側に視点を変えてキャッシュ・スイープを見てみよう。レンダーはどういう動機でキャッシュ・スイープを導入しようとするのであろうか。レンダーがキャッシュ・スイープを導入したいと考える事業はどういう事業なのだろうか。

レンダーがキャッシュ・スイープを導入しようとする動機は、「事業の将来のキャッシュフローが必ずしも安定していないから」とすることが多い。事業の将来のキャッシュフローが必ずしも安定していないのであれば、借入金の返済は返済スケジュールに固定することなく、臨機応変に借主に返済を促す仕組みを入れておこうとレンダーは考える。将来のキャッシュフローが必ずしも安定していない事業とは具体的にどういう事業であろうか。これまでは石油化学事業・石油精製事業や一部の石油開発事業などにキャッシュ・スイープを導入する例があった。いずれも「事業の将来のキャッシュフローが必ずしも安定していないから」である。

逆にキャッシュ・スイープをけして導入することのない事業の好例は、長期の売電契約書(PPA)を持った火力発電所の事業であろう。長期の売電契約書(PPA)を持った火力発電所の事業は将来のキャッシュフローが非常に安定しているからである。当該火力発電所の操業が順調で電力購入者(オフテイカー)の支払能力にも問題なければ、その火力発電所の事業の収入は非常に安定している。レンダーがキャッシュ・スイープの導入を考える余地はない。

ところでプロジェクトファイナンス市場はいま再生可能エネルギー(太陽光発電や風力発電)事業が急増している。2020年の1年間で組成されたプロジェクトファイナンス案件の総額は2,780億米ドル(約31兆円)に及ぶが、そのうち960億米ドル(約11兆円)が再生可能エネルギー事業である。電力事業向けのプロジェクトファイナンス案件に限定して見てみると、その組成総額は1,330億米ドル(約15兆円)なので、電力事業向けのプロジェクトファイナンス案件のうち、960億米ドル(約11兆円)の再生可能エネルギー事業は7割以上を占めている(注1)。そして、注目すべきは、再生可能エネルギー事業向けのプロジェクトにはキャッシュ・スイープが導入されることが多いことである。再生可能エネルギー事業向けのプロジェクトにキャッシュ・スイープが導入されることが多い理由は、「事業の将来のキャッシュフローが必ずしも安定していないから」である。

太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギー事業は発電事業ではあっても、火力発電の事業とは事業収入の仕組みが大きく異なる。再生可能エネルギー事業では通常「実際の発電量」によって事業収入が支払われる。「実際の発電量」は日照時間や風況などの気象条件によって変わる。一方、火力発電の事業では事業収入は「発電容量」によって支払われる(注2)。従って、火力発電事業の事業収入は非常に安定している。しかし、日照時間や風況などの気象条件によって影響を受ける再生可能エネルギー事業の事業収入は安定していない。このことが再生可能エネルギー事業向けのプロジェクトファイナンスにキャッシュ・スイープが導入されることが多い理由である。キャッシュ・スイープというキャッシュフロー・コントロール手法は随分前から存在していたが、再生可能エネルギー事業の増加とともにその利用が増えてきた。かつてキャッシュ・スイープは石油化学事業・石油精製事業や一部の石油開発事業などに専ら導入されていたが、昨今太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギー事業に導入されるようになったわけである。キャッシュ・スイープというキャッシュフロー・コントロール手法は再生可能エネルギー事業の増加とともに、その利用価値が再び見直されていると言える。

(注1) Global Project Finance Review 2020 by REFINITIV
(注2) 再生可能エネルギー事業の収入が「実際の発電量」で決まり、火力発電事業の収入が「発電容量」で決まる、という点については本コラム第74回でも説明致しましたので、ご参照ください。

プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明

*アイキャッチ Photo by Andres Siimon on Unsplash 

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