2024.10.05
【コラム】(プロファイバンカーの視座)第93回 キャッシュフロー・コントロール手法(44) まとめ5
2022.02.10 連載コラム
キャッシュ・スイープについて注意しておきたいのは、それがスポンサー(出資者)の内部収益率(IRR)に与える影響である。キャッシュ・スイープが行われると、余剰キャッシュの一部が借入金の返済に充当されるので、その分借入金の完済は早まる。「借入金の完済が早まるので、レンダーに支払う支払利息の総額を節約できる」という指摘がある。この指摘は正しい。それでは借入金の完済が早まるのは良いことなのだろうか。例えば、会社員が住宅ローンを借りているとする。定年退職を待たずにできるだけ早く住宅ローンを完済することは良いことである。なぜなら、定年退職後にも住宅ローンの借入金が残っていると、返済のために生活費を圧迫するからである。しかし、そのアナロジーで事業会社が借りているプロジェクトファイナンスの借入金を計画より早く返済することは良いことなのだろうか。
キャッシュ・スイープによって事業会社の借入金が早く完済されると、実はスポンサー(出資者)の内部収益率(IRR)を引き下げてしまう。つまり、キャッシュ・スイープはスポンサー(出資者)の内部収益率(IRR)に負の影響を与えるのである。確かにキャッシュ・スイープによって借入金の返済が早まれば、レンダーに支払う支払利息の総額は減少する。その結果、スポンサー(出資者)の受領する配当金の総額は増加する。しかしながら、内部収益率(IRR)というのは配当金の現在価値で算出している。配当金の現在価値が下がってしまうと、内部収益率(IRR)は下がる。キャッシュ・スイープによって事業会社の借入金が早く完済されると、実は配当金の現在価値が下がる。従って、スポンサー(出資者)の内部収益率(IRR)は引き下がる。現在価値というのは、時間の経過と共に徐々に下がってゆく。スポンサー(出資者)の内部収益率(IRR)を向上させるためには、単純に配当金の総額を大きくなることを目指すのではなく、できるだけ早い時期により多くの配当金を受領し配当金の現在価値を大きくすることを目指す必要がある。配当金の総額を単純に大きくしても、配当金を受領するタイミングが遅れれば遅れるほど配当金の現在価値は下がってしまう。「現代のファイナンス理論では常に時間の経過が考慮されており、内部収益率(IRR)も現代のファイナンス理論の賜物であって、配当金受領のタイミングが遅れれば遅れるほど現在価値が下がってしまい、従って内部収益率(IRR)は低下する」
現在価値の考え方に基づく内部収益率(IRR)の概念はよく押さえておく必要がある。さもないと、大いなる誤解を引き起こす。例えば「借入金はせっせと早く返済して支払利息を少しでも減らした方が良い」といった誤解である。「支払利息を少しでも減らせば、その分スポンサーが受領できる配当金の総額を増やすことができる」といった誤解も同様である。こういう誤解は現代のファイナンス理論をよく理解しないために起こる誤解である。この誤解をさらに進めると、「それなら借入は極力しない方が良い」「借入をしなければ金融機関に支払利息を一切支払う必要がない」「そうすれば事業会社が生む利益をスポンサーはすべて配当金として受領できる」といった解釈にまで飛躍する。こういう誤解の原因は、おそらく借入金の効果(これを「レバレッジ効果」と呼ぶ)や時間の経過に伴う現在価値の低下をよく理解しないところにあるのであろう。それに対して「借入金の利用によって出資金の金額を抑え、内部収益率(IRR)を向上させることができる」「10年後や15年後の遠い将来に受領する配当金の価値は、今すぐ受領する同額の配当金の価値に比べると遥かに小さくなる」というような諸点を肝に銘じておかないといけない。これが現代のファイナンス理論の基本的な考え方である。
キャッシュ・スイープによって事業会社の借入金が早く完済されると、スポンサー(出資者)の内部収益率(IRR)を引き下げてしまう。この事実からもう少し普遍的な原則を知ることができる。それは「借入金の返済期間を短くすると、スポンサーの内部収益率(IRR)は低下する」ということである。これをさらに言い換えれば、「スポンサーの内部収益率(IRR)を向上させるためには、借入金の返済期間は長ければ長い方が良い」ということになる。(次回に続く)
プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明
*アイキャッチ Photo by Joe Green on Unsplash
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