【コラム】(プロファイバンカーの視座)第92回 キャッシュフロー・コントロール手法(43) まとめ4

2022.01.27 連載コラム

ナレッジパートナー:井上 義明


キャッシュフロー・コントロール手法の応用モデルの3つ目はディファーラル(Deferral)である。ディファーラルは借主が約定返済金の支払いを一時「延期」「猶予」できることを指す。トランプ遊びで、自分の順番が回ってきてもカードが出せないときに「パス」をするが、ディファーラルはちょうどこの「パス」に似ている。通常企業向けの融資契約書や住宅ローンの融資契約書にディファーラルの規定はまず見られない。ところが、プロジェクトファイナンスは事業向けの融資なので、当該事業が一時的に不調に陥り、約定返済金が支払えないということが起こり得る。そこでディファーラルという仕組みが組み込まれることがある。そういう点では、ディファーラルは事業会社(借主)の資金繰りを一時的に助ける効果がある。ディファーラルをキャッシュフロー・コントロール手法の応用モデルの一つとして捉えるのはそのためである。

さて、ディファーラルがプロジェクトファイナンスの融資契約書に記載されていたら、それを何度も利用できるのだろうか。通常は1回だけである。1回利用したら、ディファーラルした部分の約定返済金が支払われるまで再び利用することができないとするのが普通である。つまり、2回続けて利用することはできない。また、一旦ディファーラルが利用されるとその分元利金返済スケジュールが遅延するので、元々の元利金返済スケジュールに戻るまで事業会社(借主)の余剰キャッシュのすべてを借入金返済に充当するのが普通である。その結果、ディファーラルを利用してからディファーラルした部分の約定返済金が支払われるまでの間、事業会社(借主)は配当金の支払いができない。つまり、ディファーラル利用中は配当制限(Dividend Restriction)がかかる。

キャッシュフロー・コントロール手法は全般にプロジェクトファイナンス・レンダーが借主である事業会社やスポンサー(出資者)に負担を強いるものである。負担を強いるのはノンリコースの対価である。応用モデルにおけるキャッシュ・デフィッシャンシー・サポートもクローバックもキャッシュ・スイープも、スポンサー(出資者)に負担を強いる。ところが、ディファーラルだけはレンダーが負担を負うものである。ディファーラルが導入されているときにはキャッシュ・デフィッシャンシー・サポート、クローバック、キャッシュ・スイープのいずれかが合わせて導入されていることが多い。それはディファーラルの導入はレンダーの負担によるものなので、スポンサーによるキャッシュ・デフィッシャンシー・サポート、クローバック、キャッシュ・スイープいずれかの追加負担を受諾させる誘引として働く。

さて、キャッシュフロー・コントロール手法の応用モデルの4つ目で最後のものはキャッシュ・スイープ(Cash Sweep)である。キャッシュ・スイープという言葉は「現金を吸い上げる」というくらいの意味である。プロジェクトファイナンスの文脈では、事業から生まれる事業会社(借主)の余剰キャッシュを吸い上げる、という意味である。余剰キャッシュを吸い上げて借入金の返済に充当するのである。プロジェクトファイナンスの融資契約書でキャッシュ・スイープが記載されていれば、余剰キャッシュの一部は強制的に吸い上げられ、借入金の返済に充当される。なお、ここでいう余剰キャッシュとは借入金の返済スケジュール上で定められている約定返済を行った後に残るキャッシュのことである。従って、キャッシュ・スイープで行われる借入金の返済は約定返済のことではなく、繰り上げ償還のことである。

余剰キャッシュのうち、どれくらいの割合が借入金の返済(繰り上げ償還)に充当され、どのくらいの割合が配当金として支払われるのか。これがキャッシュ・スイープにおける配当金支払と借入金返済との「按分比率の問題」である。「50%配当金支払/50%借入金返済」はもっともよく見られるキャッシュ・スイープの按分比率である。この他に「75%配当金支払/25%借入金返済」や「25%配当金支払/75%借入金返済」などの按分比率の例もある。「75%配当金支払/25%借入金返済」は余剰キャッシュのうち75%がスポンサーへの配当金支払いとなるので、スポンサーに有利である。他方、「25%配当金支払/75%借入金返済」は余剰キャッシュのうち75%が借入金への返済となるので、レンダーに有利である。

最後にもう一度ディファーラルに戻る。ディファーラルを利用するとディファーラルした部分の約定返済金が支払われるまでの間、配当金の支払いはできなくなると先に説明した。ディファーラルした部分の約定返済金の支払いは、配当金の支払いをすべて一旦停止して余剰キャッシュすべてを充当して行われる。ということは、ディファーラルを利用してからディファーラルした部分の約定返済金が支払われるまでの間は、いわば100%借入金返済のキャッシュ・スイープが機能しているのと同じ状態になると言える。(次回に続く)

プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明

*アイキャッチ Photo by Martijn Baudoin on Unsplash

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