【コラム】(プロファイバンカーの視座)第100回 ファイナンスと事業利回り(6)- ベースケース続き

2022.05.26 連載コラム

ナレッジパートナー:井上 義明


融資期間と返済期間

「返済期間と融資期間という二つの言葉は口頭で打ち合わせなどしていると混同することがある」と前に指摘した。具体的にどういうふうに混同が起きるのかというと、こんな具合である。

【混同した発言例】
「本件はオフテイク契約の期間が20年ですから、レンダーさんは融資期間も20年以内でないと困りますよね」

こういうコメントはうっかり聞き流してしまうと、なかなかもっともらしく聞こえてくる。注意深く聞いていないと間違いに気付かない。しかし、このコメントは融資期間と返済期間という二つの言葉を明らかに混同している。これまでの説明から明らかなように、オフテイク契約の期間が20年でも融資期間はそれ以上可能である。なぜなら、融資期間には建設期間が含まれるからである。従って、上記のコメントは次のように訂正する必要がある。

【混同を訂正した発言例】
「本件はオフテイク契約の期間が20年ですから、レンダーさんは返済期間が20年以内でないと困りますよね」

これが正しい。つまり、はじめのコメントは「融資期間」の箇所を「返済期間」とするのが正しい。
さらに「オフテイク契約の期間が20年」ということであれば、前回説明した「テール(Tail)」を仮に2年とすると、返済期間は18年になる。そして、建設期間が3年なら、融資期間(返済期間+建設期間)は21年になる。融資期間がオフテイク契約の期間を1年上回る。

上記の例は口頭で打ち合わせなどしているときに起こる混同の例である。これはいわば言い間違いのようなものなので、実体的に問題となることはまずない。筆者が最近見聞した事例では文書で融資期間と返済期間を混同しているのではないかと思われるような事例があった。文書というのは具体的にはプロジェクトファイナンスの英文ファイナンス・タームシートである。ファイナンス・タームシートというのは融資契約書の要点を整理した文書である。借主(事業主)とレンダーとの間では通常ファイナンス・タームシートを使用して融資条件の相談・交渉が行われる。最終的に両者がファイナンス・タームシートで合意すると、これを基に弁護士が融資契約書に仕上げる。プロジェクトファイナンスのファイナンス・タームシートは大部になりがちだが、それでもせいぜい数十ページが普通である。筆者がこのとき見たファイナンス・タームシートは英文で100ページを優に超えていた。もうほとんど融資契約書に近い。

このファイナンス・タームは某国での洋上風力発電事業向けのプロジェクトファイナンス案件のものである。昨今の風力発電事業では欧州系の企業が部品や設備を提供していることが多い。それに伴い欧州系の輸出信用機関(ECA)がレンダーとして関与することが多い。この案件でもオランダのAtradius、デンマークのEKF、ベルギーのCredendo、ノルウェーのGIEKなどがレンダーに加わっている。そして、ファイナンス・タームシートには「融資期間」は18年と記載されている。

輸出信用機関が行う融資は元来輸出金融(Export Credit)である。輸出金融を行う政府系金融機関なので、ECA(Export Credit Agency)と呼ばれている。輸出信用機関は輸出金融の形を取りながらプロジェクトファイナンスを供与することもある。この案件でも欧州系の輸出信用機関がレンダーとして参加しているのは、まさに輸出金融の形を取りながらプロジェクトファイナンスを供与しているからである。ところで、各国の輸出信用機関は融資条件面で競うのを避ける目的で輸出金融にかかわるOECDガイドライン(OECD Consensusとも言う)というOECD各国間の取り決め(注1)を締結している。そのOECDガイドラインには風力発電事業のような再生可能エネルギー事業向けの輸出金融について、最長の「返済期間」(注2)を定めている。最長の「返済期間」は18年である。

さて、OECDガイドラインの規定を踏まえたうえで、この洋上風力発電事業向けプロジェクトファイナンスのファイナンス・タームシートに戻ってみよう。ファイナンス・タームシートには「融資期間」が18年と記載されている。一方、OECDガイドラインの規定では「返済期間」が最長18年である。OECDガイドラインに従えば「返済期間」は最長18年まで可能なので、例えばこの洋上風力発電事業の建設期間が3年だとすると、「融資期間」は返済期間18年に建設期間3年を加えた21年まで可能なはずである。それに対して、ファイナンス・タームシートの記載は「融資期間」18年となっている。ファイナンス・タームシートに従えば、建設期間が3年の場合、返済期間は15年になる。「融資期間」が21年で「返済期間」が18年の場合(OECDガイドラインの規定を最大限活用した場合)と「融資期間」が18年で「返済期間」が15年の場合(このファイナンス・タームシートの記載)との違いは大きい。「融資期間」「返済期間」いずれも3年の違いがある。この3年の違いが出資者(スポンサー)の事業利回り(内部収益率/IRR)に与える影響は小さくない。

【ファイナンス・タームシートとOECDガイドラインの比較】

この洋上風力発電事業のファイナンス・タームシートについて筆者は「融資期間と返済期間を混同しているのではないか」と当初訝った。もっとも、欧州系の輸出信用機関がOECDガイドラインの規定を理解していないということはあり得ない。おそらく、欧州系の輸出信用機関はOECDガイドラインの規定を理解してはいるが、この洋上風力発電事業については何らかの理由で敢えて「融資期間」を18年、「返済期間」を15年に3年ほど短縮することを意図していたと考えるのが理にかなっている。OECDガイドラインは「返済期間」を最長18年と定めてはいるが、各輸出信用機関が個々の案件においてその範囲内で期間を短縮することは任意の判断でできる。そうすると、事業主である出資者(スポンサー)は欧州系の輸出信用機関に対して『OECDガイドラインの許容する「返済期間」最長18年がどうしてできないのでしょうか』と問うべきである。出資者(スポンサー)はファイナンス・タームシートに「融資期間」18年と記載されているのを見て、「これはOECDガイドラインの規定の通りだ」と早合点していなかったかどうか。筆者が真に訝ったのはむしろこの点である。

注1)正式名称はArrangement on Officially Supported Export Creditsである。最新版は2021年7月のもので、次のサイトで全文を見ることができる。 https://www.oecd.org/officialdocuments/publicdisplaydocumentpdf/?doclanguage=en&cote=tad/pg(2021)6

注2) OECDガイドラインでは「返済期間」のことを英語でRepayment Termと表現している。本稿では「返済期間」に相当する英語としてRepayment Periodを使用している。ちなみに、OECDガイドラインが「融資期間」についてではなく「返済期間」について最長期間を規定しているのは、輸出金融の対象となる事業の建設期間は事業ごとに異なり一律に決められないからである。


【第100回を迎えて】
おかげさまでこの連載コラム「プロファイバンカーの視座」は第100回を迎えることができました。読者の皆さまのご支援の賜物です。感謝申し上げます。 1か月に2回の連載ですから、連載開始からちょうど50か月が経過したことになります。50か月というのは4年と2か月。正確には2018年4月第二木曜日から2022年5月第四木曜日までに当たります。 原稿の執筆は苦しいときもあれば楽しいときもあります。しかし、振り返ってみると楽しい記憶しか残っておりません。そういう楽しい記憶を励みにこれからも連載を続けることができれば幸いです。引き続きどうぞよろしくお願い致します。

プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明

*アイキャッチ Photo by Carl Raw on Unsplash

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