【コラム】(プロファイバンカーの視座)第99回 ファイナンスと事業利回り(5)- ベースケース続き

2022.05.12 連載コラム

ナレッジパートナー:井上 義明


テール(Tail)

前回掲載した図についてはもう一つ重要な点がある。それはその図の右下に記載した「Tail(例:2年)」のことである。これは一体何なのか。前回掲載した図を再びよく見ていただくと、融資期間(あるいは返済期間)の終期つまり融資の完済の時期が事業期間の終期よりも手前にある。融資の完済の時期が事業期間の終期より2年早い。これは何を意味しているのであろうか。これはプロジェクトファイナンス・レンダーにとって非常に重要なポイントである。事業期間はオフテイク契約の期間に一致するのが普通であると指摘した。そこで事業期間をオフテイク契約の期間と読み替えていただくと、「Tail(例:2年)」がなぜ存在するのかという理解が進むはずである。どういうことかというと、プロジェクトファイナンス・レンダーは「オフテイク契約が終了するギリギリの時期までに融資を完済してもらえば良い」とは考えていない。そうではなく「オフテイク契約が終了する時期よりも少し早めに(例えば2年くらい早めに)融資を完済してほしい」と考えている。なぜなら、オフテイク契約が終了してしまうと、通常事業の収入が途絶えるからである。現実にはオフテイク契約が終了したからと言って事業収入がゼロにはならないかもしれないが、オフテイク契約が有効だったときと同水準の事業収入はおそらく期待できない。一方で、オフテイク契約の期間20年の間には何らかの理由で事業主が一時期操業の停止余儀なくされるなどして事業収入が減少する事態は発生し得る。そういった事態がオフテイク契約の期間20年の間には起こることもあると想定すると、融資の完済の時期をオフテイク契約の終了時期と一致させておくのはプロジェクトファイナンス・レンダーの視点では危険極まりない。仮に「オフテイク契約が終了するギリギリの時期までに融資を完済」するような返済スケジュールだったとすると、操業の停止が発生していた期間だけ融資の完済は遅れるはずである。そうすると融資の完済の前にオフテイク契約が終了しかねない。融資の完済の前にオフテイク契約が終了してしまうと、融資の一部が回収できなくなる可能性が高まる。そこでプロジェクトファイナンス・レンダーは融資の完済の時期を予めオフテイク契約の終了時期よりも数年前倒しにしておくのである。こうすることによって、オフテイク契約の期間20年の間に発生するかもしれない不測の事態にプロジェクトファイナンス・レンダーは備えているのである。

融資の完済の時期がオフテイク契約の終了時期よりも早くなっている部分を「テール(Tail)」と呼ぶ。言い替えると、「テール(Tail)」はオフテイク契約の終了時期と融資完済の時期の差の部分である。そして、繰り返しになるが、「テール(Tail)」を置く目的はプロジェクトファイナンス・レンダーが融資金の回収を確実にするためである。融資金の回収を確実にするための手段なので、プロジェクトファイナンス・レンダーにとって「テール(Tail)」は保全の一環である。通常の企業向けファイナンスで融資金回収のための保全と言えば、不動産などの担保のことを指す。プロジェクトファイナンスはいわゆる仕組みに基づくファイナンスなので、「テール(Tail)」のような仕組みを作って融資金回収の保全を図っている。通常の企業向けファイナンスには見られない特徴の一つと言える。

最後に、この「テール(Tail)」はどのくらいの期間を設けるのが普通なのであろうか。一概には決まっていないが、筆者が見聞している限りでは2年程度が多い。「テール(Tail)」が2年というのは、事業期間もしくはオフテイク契約期間が20年であるとすると、その10分の一程度の期間に相当している。本事例のベースケースも慣例に従って「テール(Tail)」を2年としておいた。(次回に続く)

プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明

*アイキャッチ Photo by Andrea Boldizsar on Unsplash

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