【コラム】(プロファイバンカーの視座)第135回 ファイナンスと事業利回り(41)- ケース1B~11Bのまとめ6

2023.11.09 連載コラム

ナレッジパートナー:井上 義明


【コストオーバーランで事業利回りが悪化するケース】

これまでのまとめは「ケース1B~7B」のまとめである。「ケース1B~7B」ではいずれもファイナンス条件を変更して出資者(スポンサー)の事業利回り(内部収益率/IRR)が悪化するケースをみてきた。ファイナンス条件の変更とは「返済期間の短縮」「出資比率の引き上げ」「借入金利の引き上げ」である。「ケース1B~7B」のうち、前半の「ケース1B~3B」ではファイナンス条件を単独で変更した場合を検証し、後半の「ケース4B~7B」ではそれらのファイナンス条件の変更を組み合わせた場合を検証してきた。

さて、ここから「ケース8B~11B」を振り返ってみたいと思う。「ケース8B~11B」はいずれもコストオーバーラン(総事業費の予算超過)の発生を想定したケースである。発電事業でもLNG事業でもコストオーバーランはしばしば発生する。そして、完工遅延も同時に発生することが多い。プロジェクトファイナンス・レンダーはコストオーバーランや完工遅延のリスク(完工リスク)が非常に大きいと見ているので、完工まで出資者(スポンサー)から債務保証を徴求するのが常である。つまり、プロジェクトファイナンス・レンダーは完工リスクを取らない。太陽光発電事業のように完工リスクが非常に抑えられている事業もあるので、そういう場合には完工まで出資者(スポンサー)の債務保証を徴求しないケースもある。しかし、これはプロジェクトファイナンス案件では例外である。こういった一部の例外を除いて、プロジェクトファイナンス・レンダーは完工まで出資者(スポンサー)から債務保証を徴求する。プロジェクトファイナンスはノンリコース・ローンと言われているが、完工まで債務保証を徴求しているので完工まではノンリコース・ローンではなくリコース・ローンである。ノンリコース・ローンになるのは完工後である。もっとも、建設着工から完工までの期間はわずか数年で、完工後の返済期間は十数年に及ぶのが普通なので、リコース・ローンである期間よりノンリコース・ローンである期間の方が遥かに長い。

「ケース8B~11B」の具体的な内容に話を戻そう。まず「ケース8B」で総事業費が10%増額してしまったケースを採り上げた。続いて「ケース9B~11B」ではコストオーバーランのケースに加えて、これまで見てきた「返済期間の短縮」「出資比率の引き上げ」「借入金利の引き上げ」などのファイナンス条件の変更のケースを組み合わせてみた。「ケース8B~11B」のそれぞれの内容をまとめると、次の通りである。

【コストオーバーランのケース8B~11Bの内容】

さらに「ケース8B~11B」の分析結果をまとめると、次の通りである。ベースケース(Base Case)との比較ができるように、一番上にベースケースの結果も記載しておいた。

【コストオーバーランのケース8B~11Bの分析結果】

「ケース8B~11B」のすべてのケースで出資者(スポンサー)の事業利回り(内部収益率/IRR)が悪化する点は、これまで見てきた「ケース1B~7B」と同様である。「ケース8B~11B」では、いずれのケースでも総事業費の10%のコストオーバーランが発生し、そのコストオーバーランに必要な資金は出資者(スポンサー)が追加出資のかたちで資金拠出することを想定している。つまり、出資者(スポンサー)の出資金額が当初の予定より増える。出資者(スポンサー)の視点で見ると、事業から得られるリターン(配当金)が変わらないのに出資金額が増えるので事業利回り(内部収益率/IRR)は悪化する。むしろ、見どころはプロジェクトファイナンス・レンダーが重視しているDSCRの平均値(上記表ではDSCRの部分)の変化である。上記表を見ながら、プロジェクトファイナンス・レンダーが重視しているDSCRの平均値に焦点を当てながら、レンダーの視点から各ケースをもう少し子細に見てみよう。

    • 「ケース8B」10%のコストオーバーラン
      このケースは10%のコストオーバーランだけが発生したケースである。出資者(スポンサー)の事業利回り(内部収益率/IRR)は悪化する。一方でプロジェクトファイナンス・レンダーが重視しているDSCRの平均値は不変である。DSCRの平均値が不変であるところが、まず見どころである。DSCRの平均値が不変なのは、事業から創出されるキャッシュフローが不変だからである。コストオーバーランが発生したとは言え、総事業費の増加分は出資者(スポンサー)の追加出資で補われている。従って、事業から創出されるキャッシュフローにはなんの影響もない。
    • 「ケース9B」10%のコストオーバーラン+返済期間の短縮
      このケースは10%のコストオーバーランに加えて、返済期間の短縮も起こっているケースである。DSCRの平均値は低下している。DSCRの平均値が低下しているのは専ら返済期間の短縮によるものである。上記の「ケース8B」で見た通り、コストオーバーランはDSCRの平均値になんの影響も与えない。
      DSCRの平均値は低下しているものの、返済期間の短縮によりレンダーの融資金の回収は早まる。融資金の回収が早まるのはレンダーにとって良いことである。
  • 「ケース10B」10%のコストオーバーラン+出資比率の引き上げ
    このケースは10%のコストオーバーランに加えて、出資比率の引き上げも起こっているケースである。DSCRの平均値は上昇している。DSCRの平均値が上昇しているのは専ら出資比率の引き上げによるものである。
    出資比率の引き上げによって、借入金額は減少する。レンダーにとってはDSCRの平均値が上昇するのに加え、借入金額が減少するので、悪いところがない。
    • 「ケース11B」10%のコストオーバーラン+借入金利の引き上げ
      このケースは10%のコストオーバーランに加えて、借入金利の引き上げも起こっているケースである。DSCRの平均値は低下している。DSCRの平均値が低下しているのは専ら借入金利の引き上げによるものである。
      借入金利の引き上げが基準レートの引き上げによるものであれば、レンダーの収益は変わらない。借入金利の引き上げがローン・マージンの引き上げによるものであれば、レンダーの収益が引き上がる。

(次回に続く)

プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明

*アイキャッチ UnsplashWilliam Felipe Secconが撮影した写真

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