【コラム】(財務モデリングの最先端)第26回 財務モデルにおける「計算の正しさ」とは

2020.11.27 連載コラム

ナレッジパートナー:川井 文哉


第23回~第25回のコラムでは、財務モデリングにおける串刺し計算の有用性、構築方法および留意点について、実務的な観点から解説を行った。第26回では、筆者が最近経験したクライアントとのやりとりを基に、少し理論に立ち返って財務モデルにおける計算の正しさとは、間違いとは、といった点について考察を行いたいと思う。

財務モデルにおける計算の「正しさ」とは

突然だが、部下が作成した財務モデルの中に、単価+数量という数式を見かけたら、あなたはどう思うだろうか?普通に考えて、売上の計算は単価×数量なので、即座にこれを間違いと考える人がほとんどであろう。しかし、今回の話はそう単純ではない。単価+数量という計算は間違っている可能性もあるし、実は計算として「正しい」可能性もある。例えば、ある特殊な契約に基づき、ベースとなる契約単価+成功報酬として1個1円として契約料が支払われる契約であるとすると、(契約ベース)単価+数量 (×従量単価=1円) という数式はあながち間違いとは言えないだろう。財務モデルにおける「間違い」とは、「意図した通りの計算」が反映されていないことであり、どんな計算であっても意図が反映されていれば、それは正しい計算なのだ。逆に、このような場合に売上を単価×数量と計算してしまい、意図を正確に反映していなければ計算間違いとなってしまう。財務モデルにおける計算の「正しさ」や「間違い」とは、意図が正確に反映されているかどうかの1点だ。

モデルにおける計算値と現実との乖離は「エラー」か

最近、お世話になっているクライアントの方から、とあるプロジェクトでお叱りを受けたことがあった。担当の方曰く、モデルにおいて消費税の納付・還付の計算が「間違っている」というご指摘だった。突き詰めてその意味を確認すると、消費税申告書で計算するべき納付・還付の計算と、モデルの計算が整合しない、というのだ。担当者の方の言い分としては、消費税は法令上計算方法が厳密に定義されており、それに則った計算が「正しい」という主張だ。なるほど、制度上の「正しさ」という意味では、担当者の方は間違っていないと筆者も思った。しかし、一方で「モデル」というものの機能・役割を丁寧にお伝えする必要があるとも感じた。なぜなら、モデリングとは現実を単純化・法則化してシミュレーション可能にすることが本質的な作業であり、事象を単純化する以上、現実との乖離は絶対に発生してしまうからだ。もちろん、税金などの計算は法令に従って精緻に計算を再現することはできるが、その通りになっていないからといってモデルの計算として「間違い」だということではない。単に、筆者が案件で必要と判断していた精緻さと、担当者の方が求めていた想定していた計算の精緻さが異なっていたということだ。このような点からも分かる通り、現実とモデルの値は必ず乖離するもので、その差は「エラー」ではなく、モデルの精度から生じる単なる「差異」である。

モデルの計算をどこまで精緻化すれば良いか

それでは、結局モデルの値と現実は乖離するなら、精緻な計算をしても意味がないのか?筆者の答えとしては、精緻な計算をして意味がある計算箇所と、意味がない計算箇所がある。精緻な計算をして意味がある場合とは、①計算に用いられる入力値が正確に予測可能であり、②計算結果が意思決定に大きな影響を及ぼす、という2つの条件を満たす必要がある。例えば、VC がソフトウェアスタートアップの売上高を、財務モデルを通してシミュレーションするとしよう。トップラインは明らかに投資検討において重大な意味を持つため、②の条件は満たしている。しかし、この会社の売上高について精緻なシミュレーションを行えば、正確な売上高予想が行えるだろうか?答えは当然 Noだ。想定する単価や数量計画で実際に製品やサービスが売れるかどうか、売上のシミュレーションに必要な前提値そのものに不確実性が大きすぎるからだ。一方、それでは、会社の事業計画を策定する上で、財務モデルを用いて正社員の毎月の交通費を計算する場合を考えてみよう。正社員であるが故に採用計画も決まっており、通勤ルートもそう簡単に変化するものではなく、計算を行うための入力値は正確に予想可能なため、①の条件を満たしている。しかし、会社の事業計画を考えるに当たり、正社員の交通費が正確に予想できたところで、事業計画へ大きなインパクトがあるだろうか?

まとめ

上記の考察を通してお伝えしたいことをまとめると、下記の3点となる。

  1. モデルにおける計算の「正しさ」とは「意図した計算かどうか」によって決まる
  2. モデルとは「現実を単純化」したものであり、現実との乖離は必ず発生する
  3. 計算の精緻化は、計算(金額)に重要性があり、入力前提値が正確に予測できる場合でなければ精緻化しても意味がない

上記の3点を踏まえ、筆者は非常に複雑なスキームを持つプロジェクトであっても、非常にシンプルなモデルを構築することをクライアントに提案している。第1回のコラムである「財務モデルの目的」でも述べたが、財務モデルとは意思決定ツールであると共に、コミュニケーションを行うためのツールでもあり、たとえ意図した計算であっても、計算が複雑化してしまうと意図と乖離した本当の計算エラーに気づきにくくなるし、コミュニケーションコストも高くなってしまうからだ。

東京モデリングアソシエイツ株式会社
マネージングディレクター
川井 文哉

*アイキャッチ フォトベンジャミンLizardoのUnsplash

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