【寄稿】新時代の洋上風力発電におけるプロジェクトファイナンスレンダーとしての留意点

2021.10.26 ナレッジ

ナレッジパートナー:小谷 慎也

ナレッジパートナー:越元 瑞樹


2.完工リスク

 まず、発電所が完工予定日に、かつ当初の工事価格内で洋上風力発電所が完成するかという「完工リスク」について触れたい。欧州でも洋上風力の黎明期においては、この洋上風力発電という海上での工事を必要とするプロジェクトが、「本当に完工予定日に、かつ当初の工事価格内で完工するのか」が、プロジェクトファイナンスレンダーにおける主要論点の一つであったと記憶している。当然であるが洋上風力発電所が完成しない限り、売電収入も得ることができないため、日本の洋上風力発電事業においても完工リスク分析がプロジェクトファイナンスレンダーにとっての最大の焦点になると考えられる。

(1)インターフェースリスク

 発電事業の完工リスク自体は洋上風力特有のリスクではなく、他の再生可能エネルギー事業(例えば、太陽光発電事業等)においても主要リスクとして挙げられるものであるが、建設工事を担当する単一EPC企業にリスクを一手に引き受けてもらうのが典型的なリスクコントロール手段となっている。この手法を「シングル・ポイント・レスポンシビリティ原則に基づく完工リスク軽減策」という。
 欧州における洋上風力発電事業では、前述の典型的なリスクコントロール手法が取られるケースは見られず、建設工事を複数のEPCI[*1]企業へ分割発注するケースが多い。これは洋上風力発電事業では建設コストが多額となること、作業領域が多岐にわたる(陸上/洋上、土木系/電気機械系等)ため、それらを全て1社で担当するよりも、各作業領域に強みを有する企業が各領域を担当し、知見があるスポンサー企業が建設の全体管理をした方が建設リスクを低減でき、かつ全体の建設コストを抑える効果も期待できるといった背景があるためである
 この分割発注スキーム(又はマルチコントラクト型)を採用した場合、責任の所在が複数に分散されるリスク、工事契約及び請負企業が複数となり各契約/企業間での作業が円滑に進まないリスク、一つの工程が遅れると後続の作業が開始できないリスク等を抱えることになる。こうしたリスクは「インターフェースリスク」と呼ばれ、洋上風力案件特有のリスクとなっている。
 このリスクを軽減する手段として、(1)各契約間の業務・責任分担に齟齬がないか、当該分担につき十分に明確化されているか否かのリーガル面での検証作業を法律の専門家を交えて行うこと、(2)前の工期と次の工期の間に十分なバッファーがあるかの検証を技術コンサルタント交えて行うこと、(3)全EPCI企業による建設工程・進捗管理を統括するコンストラクション・マネージャー(Construction Manager)が設置されているかを確認すること、並びに(4)遅延賠償、予備費の確保及び工事保険を十分に確保すること等が挙げられる。

 コンストラクション・マネージャーは建設工事全体の進捗管理やEPCI企業間の調整をチームで行う必要があるため、それを担う企業・担当者の洋上風力分野における経験や管理能力が重要となる。なお、欧州における洋上風力発電事業では、コンストラクション・マネージャーとして主要スポンサー企業(又はその関連企業)が就任することが多いと思われる。
 欧州における洋上風力発電案件で、実際にインターフェースリスクが顕在化して建設段階で大きな問題が生じている案件は、公開情報を確認する限りにおいて案件数として多くないと思われる。これはインターフェースリスクを軽減するために、黎明期からプロジェクトファイナンスを活用した市場成長期において少数の分割発注(例:風車部分とそれ以外のみの二分割発注等)にとどめながら、徐々に経験を積んでいったこと、建設リスクの不確実性が高かったため、予備費や工期を保守的に見積もっていたことが理由ではないかと筆者らは考えている。日本においても、欧州に倣い、黎明期においては、余裕のある工程と保守的な予備費を計上しつつ、コンストラクション・マネージャーが管理可能な範囲の分割発注数にとどめ、洋上風力分野の経験を積んでいくことが賢明なアプローチであると思われる。

[*1] EPCI: 洋上風力発電所の建設の場合、風車等の据付作業が必要になるため、EPCの後にInstallationのIを付けたEPCIと表現されることが一般的である。

(2)工事遅延リスク

 上記のほか、完工リスクに関連して、洋上風力発電のような大型プロジェクトにおいては、工事遅延が発生した場合の予定遅延損害賠償金(遅延LD)支払の終期が問題となりうるところである。大型プロジェクトにおいては、プロジェクトがいくつかの工区に分かれることがあるが、このように工区が分かれている場合には、それぞれの工区毎に遅延LDを発生させる建付も考えられる。一方で、日本の洋上風力発電事業は現在FITをベースに売電事業を行うことが前提とされているところ、FITとの関係では、プロジェクト全体に関してFITを取得した場合には、FITに基づき一部の工区に関する部分的な売電開始は認められず、一部の工区において工事遅延が生じた場合には、他の工区においても原則として売電時期を延期しなければならないことになる。これによりプロジェクトファイナンスとの関係では、COD後の第一回の返済時期を延期しなければならない等の対応が事業者側において必要となる。
 その意味において、事業者側は前述のFITに関連する事項等を踏まえて、全ての工区において実施的完工を達成した場合を遅延LD支払の終期とすることを求めることになると考えられる。なお、風車タービン供給契約についても同様、全ての風車タービンの供給を終了した時点なのか、又は数量ベースで遅延LDを算定していくかという点も検討が必要となる。

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デロイト トーマツ|インフラ・PPPアドバイザリー(IPA)
ISS-アイ・エス・エス

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