【寄稿】洋上風力 発電コスト低減に向けた考察 ~金融機関の観点から~(前編)

2021.04.01 ナレッジ

ナレッジパートナー:小谷 慎也


 2020年12月、満を持して「洋上風力産業ビジョン(第1次)」が打ち出された。

 現在、洋上風力は世界規模で盛り上がりを見せており、関連産業のローカル化に向けて各国が風車製造工場の誘致といった国際社会へのアピールを積極的に行っている状況である。日本も例外でなく、洋上風力発電を導入しようとしている近隣諸国(中国、韓国、台湾等)と競争していかなければならず、日本の洋上風力市場が魅力的な投資対象先であることを国際社会にアピールする必要がある。その観点において、政府が同ビジョンで掲げた洋上風力導入目標(2040年までに30~45GW)は、日本政府による本産業への長期的なコミットメントを国内外に示すものであり、産業界として大いに歓迎できるものである。
 その一方で、産業界は洋上風力発電の発電コストを2030~35年までに8~9円/kWhまで低減する目標を掲げた。筆者の感覚では非常にチャレンジングな目標という印象を受けている。この目標は、本分野において日本より遥かに先行している欧州において30年かけて達成した水準にわずか10~15年で追いつく、という野心的なものであるからである。
 欧州と同じく30年あれば達成可能かと言えば必ずしもそうではなく、欧州と比べると日本の風況は弱く、海洋産業の土台(設備や人材)がない中での船出であり、言わば「足枷をつけた状態で欧州以上のスピードで走り続けます」と宣言したようなものである。
 これまで海外の洋上風力発電事業に融資する金融機関の立場で、本分野に関与してきた筆者として、このような野心的な目標の達成、ひいては国内の洋上風力産業発展・脱炭素社会実現のためにどのように貢献できるか思いを巡らす機会が増えた。今回縁があり寄稿のお話をいただいた。拙文ながら以下で筆者の考えを整理していきたい。

1.なぜ洋上風力発電か

 そもそもなぜ日本が洋上風力発電を推進しているのかを押さえておく必要がある。根底にあるのはパリ協定と再エネ主力電源化である。日本は2016年11月に国際ルールとして制定されたパリ協定に批准しており、その中で温室効果ガス排出量を2030年度までに26%削減(2013年度比)する約束をしている。再エネ主力電源化は、再生可能エネルギーを日本の電源構成の柱として2030年までの再エネ比率導入目標を22-24%とするものである。再エネ主力電源化は、パリ協定を遵守するための取り組みの一環というのが筆者の理解である。
 洋上風力発電のメリットは、既に多くの方が論じているため詳細は省略するが、大別すると①温室効果ガスを排出しないクリーンエネルギーであること、②他のクリーンエネルギーと比べ大型化が可能で発電効率が良いことの2点であろう。
 2011年東日本大震災以降の日本の電源構成は、温室効果ガスを排出する石炭やガス発電に頼らざるを得ない状態になっており、パリ協定の究極的な目標である脱炭素社会実現に向けた現実的かつ実効性のある電源として洋上風力発電が注目されているのである。既に導入が進み適地が減少している太陽光発電とは異なり、海に囲まれた日本には、洋上風力発電の設置場所が膨大にあり、大量導入の可能性を秘めていることもこの動きを後押ししている。

 では、なぜ今このタイミングで機運が高まっているのか。詳細は『【寄稿】洋上風力発電に関する近時の動向及び法改正について』にあるが、一言でいえば、洋上風力発電事業を行うために必要不可欠な法制度が整ってきたからであろう。以前からこの産業をフォローしている方や具体的な案件に関与してきた方にとっては、ようやくかという思いがあるかもしれない。筆者の感覚では、こうした法整備は2018年以降急速に加速し、菅内閣発足以降そのスピードがさらに増している印象を受けている。

2.目標発電コスト8~9円/kWhの意味合い

 「再生可能エネルギーは高い」。このような意見を耳にすることもあるが、「正」でもあり「誤」でもある。国や電源によって再生可能エネルギー由来の価格の高低は異なるからである。再生可能エネルギーの導入が進んでいる欧州では、石炭や天然ガスといった化石燃料を使った電気より安価になっている国もある(このように、再生可能エネルギーの発電コストが、既存の発電コストと同等又はそれ以下になることを「グリッドパリティ」と呼ぶ)。
 日本でも2012年以降、高い補助金を背景に導入が進んだ太陽光発電はコストが低減し、グリッドパリティに最も近い再エネ電源になっている。また、陸上風力発電も将来的にグリッドパリティを狙える電源と言われている。
 日本の洋上風力の発電コストはどうか。現時点の発電コストは高く、グリッドパリティ達成までは遠い。案件形成を図っている段階であり、規模の経済も働いていないため当然とも言える。
 つまるところ、洋上風力産業ビジョンにおける産業界の目標である「発電コストを8~9円/kWhまで低減する」の意味合いは、洋上風力発電でグリッドパリティを目指す、とほぼ同義と筆者は考えている。洋上風力発電を補助金に頼らない長期的に持続可能な自立した電源に育てる、というメッセージを打ち出したとも取れる。

 海外の洋上風力発電コストは2020年上半期時点で8円台/kWhまで低下しており、洋上風力産業ビジョンの発電コスト目標値を海外では既に達成している。これに対して、日本の洋上風力の発電コストは約19.5円/kWhという試算結果もある[*1]。目標達成のためには今後10~15年でこの差を埋めていく必要がある。末席ながら日本の金融機関に身を置く筆者として、その差を埋めるためにどう貢献できるのか次稿で考えてみたい。

[*1]『風況の違いによる日本と欧州の洋上風力発電経済性の比較-洋上風力発電拡大に伴う国民負担の低減を如何に進めるか- 』 本部和彦・立花慶治(2021年1月) [GraSPP-DP-J-21-001]、東京大学公共政策大学院のディスカッション・ペーパーシリーズ

*アイキャッチ Thomas G.によるPixabayからの画像

後編へ 【寄稿】洋上風力発電コスト低減に向けた考察 ~金融機関の観点から~(後編)

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デロイト トーマツ|インフラ・PPPアドバイザリー(IPA)
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