【寄稿】新時代の洋上風力発電におけるプロジェクトファイナンスレンダーとしての留意点

2021.10.26 ナレッジ

ナレッジパートナー:小谷 慎也

ナレッジパートナー:越元 瑞樹


3.船舶リスク

 他の再生可能エネルギー事業にはない建設期間中の洋上風力発電事業特有のリスクは、洋上での工事のために調達が必要となる船舶(Vessel)に係るリスクであろう。
 洋上風力発電所の建設には建設作業の目的によって異なる船舶が必要となり、代表的なものとして、SEP船(自己昇降式作業台船)が挙げられる。SEP船は洋上で波浪の影響を受けずに安定して作業が出来るように台船を上昇させることのできる大型の作業船であり、主に風車運搬・据付を目的とされる。近年、風車の大型化に伴い、風車を効率良く陸上から洋上に運搬するために、船舶自体の大型化が必要であるところ、風車据付のためには大型クレーンも搭載される必要もあり、船舶の規模が大きく、隻数が多くないため、供給不足となる傾向がある。他方で、日本のみならず洋上風力発電所の建設はグローバルで進められており、需要に対して供給が追い付かない可能性がある。結果として、他の洋上風力発電所の建設で利用されていた船舶が他の工事の遅延に伴い、次の工事現場への到着が遅れること等によって、洋上風力発電所建設に必要な作業船が期日までに手配できないリスクが発生する。また、手配できたとしても需要が供給を上回っている環境では、船舶利用料が想定よりも高額になる可能性もある。
 このリスクを軽減する手段としては、船舶調達の義務を、風車基礎据付等を請け負うEPCI企業に負ってもらう、(調達予定の船舶が新たに造船される場合)造船状況確認や造船スケジュールと船舶使用予定日との間に十分バッファーを設ける、(調達予定の船舶が既に運航している場合)船舶使用前後の受注状況の確認作業の検証作業を、技術コンサルタントを交えて行う、想定外の遅延やコスト超過に備えた予備費を設定する等が挙げられる。

 欧州では、英国を中心に1970年代から北海油田開発により、海洋人材や船舶含むインフラが既に整備されていたこと、これまで洋上風力発電事業も欧州中心に開発されていたこともあり、船舶の供給が不足し、船舶リスクが発現したという話題は聞こえてこない。この点、日本においてはカボタージュ規制等の関係から、船舶の運航者が限定され、船舶の供給不足が生じやすい状況が予想されることから、欧州と状況が異なる。今後、日本籍船の供給量を増やす、国交省の特許に基づく外国籍船の国内使用といった取り組みが必要となってくると思われる。

4.不可抗力リスク

(1)保険の付保

 不可抗力リスクの代表的なものとして、台風・洪水・地震・津波などの自然災害が存在する。こうした自然災害により発電所が被害を受けるリスクは、洋上風力発電事業に限ったものではなく、事業者は再生可能エネルギー事業に関して適切な付保を行うことによって当該不可抗力リスクを回避している。前記の通り、再エネ海域利用法に基づく一般海域の占用を前提とする洋上風力発電事業については案件規模が比較的大きく、この点に起因して、プロジェクトファイナンスレンダーとしても、保険の付保については検討を必要とするところと考える。
 より具体的には、日本国内において、プロジェクトファイナンスで資金調達を行っている太陽光・陸上風力発電事業では、自然災害起因で発電所設備に損害が発生した場合に備え、補償対象となる設備の価額は再調達価額ベース[*2]での保険を付保することが一般的である。これは「『リスク分担の原則』に基づき、自然災害リスクに最も精通している者がそのリスクを負担すべき」という考えが根底にある。結果として、補償額を再調達価額で付保しているプロジェクトでは自然災害リスクの大部分は、保険提供者である損害保険会社に移転されている。他方、事業費が多額となる洋上風力発電事業においては、再調達価額を補償額として付保されない可能性も高いと考えている。背景には、付保金額が数千億円規模と多額になるため、保険市場において引受キャパシティが不足する可能性があることや、設備の価額や補償額が高額になるにつれ、(損害保険会社に支払う)年額保険料も高額となるため、公募入札上(ひいては発電コスト低減)のハードルになる可能性があることが挙げられる。
 欧州における洋上風力発電事業では、想定しうる最大損害額(EML (Estimated Maximum Loss)と呼ばれる。)を試算した上で、その金額を参考にしながら、支払限度額を設定することが一般的である。洋上風力発電事業の場合は、事業地が洋上と陸上に分散されていることに加え、洋上においても風車の設置場所だけでも広範囲にわたる。そのため、一度の自然災害で全ての設備が壊滅的な損害を受けることは想定されず、必ずしも全資産の再調達価額を補償額とする必要がなく、むしろ非効率というのが背景にあると思われる。EMLベースでの付保は、LNGプラント等の資源セクターにおけるプロジェクトファイナンスでよく見られる付保戦略であり、そこからヒントを得たものと推察される。
 国内の再生可能エネルギー事業では、これまでEMLで付保されたケースは多くないように思われるが、国内洋上風力発電事業においても、こうした考え方がマーケットスタンダードになっていく可能性もあり、プロジェクトファイナンスレンダーとしても、欧州で見られる付保戦略を参考にする必要があるように思われる。

[*2] 再調達価額: 設備等に損害が生じた際に、その時点において、同質同量のものを再取得するのに必要な額をいう。

(2)不可抗力事由の取り扱い

 その他、不可抗力リスクとの関係では、洋上風力発電事業の特殊性として、洋上における工事作業が発生することから、海上が荒天の場合の不可抗力の取扱いが問題となる。荒天時の洋上における工事作業は、他の陸上における発電事業に関連する工事とはまた異なるリスク分析が必要となることも想定される。すなわち、不可抗力事由として、荒天状況については「異常気象」といった事由が例示され、荒天時の気象状況が当該異常気象に該当するかどうかという点が当事者間において議論の対象となると考えられる。この点、荒天事由が不可抗力として取り扱われると、請負人側において、不可抗力が発生している期間、工事を中止する等の債務不履行を免れる効果を発生させるほか、請負代金や工期との関係においては、追加代金請求及び工事延期事由として取り扱われるリスクも発生することから、事業者側としても慎重な対応が求められるところである。
 何が異常気象に該当するかについて具体的な基準を当事者間において事前に合意の上、当該基準に基づいて判断できることが望ましく、各気象状況に対応した一定の規模基準、例えば波浪であれば高さの基準を予め設定されることも検討に値する。しかし、ありとあらゆる異常気象が想定されることや、具体的な基準を当事者間で設定することが困難であることから、一義的に具体的な基準を定めることは困難に思われ、通常不可抗力条項においては一般的な定義に留めることが通常であると思われる。
 一方で、事業者側としては、こうした不可抗力が無限定に認められることを防止するため、請負人側に一定期間内に当該不可抗力の状況について適時に報告を求め、また当該不可抗力に基づく影響を最小限にするため、不可抗力の状況を最小限に留める努力義務を課したりすることも検討に値する。

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デロイト トーマツ|インフラ・PPPアドバイザリー(IPA)
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