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【レポート】(全4回)なぜ交通インフラ事業にプロジェクトファイナンスは難しいのかー第3回

2017.04.13 ナレッジ ハブ

ナレッジパートナー:井上 義明


 さて、「借入金の通貨を事業収入の通貨に一致させる」という結論は理論的には正しい。その証拠に日本をはじめ先進国における交通インフラ事業では、借入を行う際それぞれ自国通貨で行っている。カナダの案件であればカナダ・ドルで、オーストラリアの案件であればオーストラリア・ドルで、英国の案件であれば英国ポンドで借入を行っている。つまり、「事業収入の通貨=借入金の通貨」は遵守されている。

 しかし、新興国での交通インフラ事業では実はこれが簡単ではない。ベトナムの案件であればベトナム通貨ドンで、インドネシアの案件であればインドネシア通貨ルピアでそれぞれ借入を行う理屈は承知していても、ベトナム通貨ドンであるいはインドネシア通貨ルピアで多額で長期間の借入は非常に難しい。どうして難しいのか。それはそれぞれの通貨の金融市場が十分に発達していないからである。これは国全体での貯蓄が十分ではなく銀行にも十分な預金がなく、従って銀行をはじめとした金融機関は交通インフラ事業で必要とするような大きな金額を融資する力がないのである。

 そこで新興国での交通インフラ案件で借入を行う場合、外貨(米国ドル、ユーロ、日本円など)で行うことが多い。これは上記の通り当該新興国の通貨では資金が集まらないからである。しかし、既に論じてきた通り、外貨で借入を行うということは事業収入の通貨と借入金の通貨が不一致となる。この状態では借入期間中ずっと事業主体が為替リスクを負うことになる。交通インフラ事業での借入期間というのは通常長期間に及ぶ。15年や20年あるいはそれ以上に及ぶ。為替リスクというのは長期に及べば及ぶほど、そのリスクの大きさは増大するものである。

 我々にとって身近な米国ドルと日本円の為替水準を例にとってみても、為替の問題は複雑だということが分かる。数か月程度先のドル・円の為替水準であれば業界関係者はある程度予想する。また、為替変動に備え先物予約や通貨スワップなどで対処している。しかし、5年先になるとドル・円の為替水準はおそらく誰にも分からない。ましてや10年や20年先の新興国の通貨(交通インフラ国の通貨)と先進国の通貨(外貨借入の通貨)との為替水準がどうなっているかなど全く予想がつかない。

 為替リスクは長期になればなるほど予想しえないほどの大きなリスクになる。為替リスクが顕在化するのは新興国の通貨が借入金の外貨に対して弱くなったときである。新興国の通貨が借入金の外貨に対して弱くなると、新興国通貨ベースで見た時に借入金を返済しても返済しても外貨建ての借入金の残高がなかなか減らないということが起こり得る。もし仮に新興国の通貨が借入金の外貨に対して強くなったとすれば、ここで論じている為替リスクは全く問題にならない。むしろ、新興国通貨が強くなったお陰で外貨建ての借入金はやすやすと返済することができるはずである。

 従って、借入金を外貨で借りたとしても、新興国の通貨が後刻強くなれば為替リスクは顕在化しないということになる。新興国通貨が強くなるためにはどうしたら良いのであろうか。これはマクロ経済学の経済成長論や開発経済学の専門とするところであるが、一般論としては当該新興国の経済全般が首尾よく成長し強くならないといけない。一般に経済力のある国の通貨は強い。

 因みに戦後の日本は好例であろう。1953年から1966年までの間に日本は31件のプロジェクトに対し合計8億6千万米ドルの借入を世界銀行から行った[*9]。この31件のうち交通インフラ事業に該当するものを見てゆくと、名神高速道路、東海道新幹線、首都高速道路、東名高速道路などが挙げられる。注目しておきたいのはこのときの借入金の通貨である。日本が世界銀行から行った借入金の通貨は米国ドルである。当時の為替水準は1ドル360円である[*10]。世界銀行から借入を行った当時の日本はまだ経済規模が小さく、外貨での借入は実は為替リスクを負っていた。

 しかし、日本は1950年代から70年代にかけて高度経済成長を果たす。国の経済規模は70年代に世界第2位の規模に飛躍する。そして、85年のプラザ合意以降さらに円高が進み、80年代後半には為替水準は1ドル120-130円にまで進む。ドル・円の為替水準は四半世紀で約3倍の円高になった。対ドルに対して日本円の価値が約3倍になったということである。日本の経済成長が順調に拡大したのに加え(拡大したからこそ)、円がドルに対して強くなった。円がドルに対して強くなったお陰で、世界銀行から借入した米国ドル建ての債務は返済が難なく行われた。これが万が一、経済成長が思わしくなく(それゆえに)、円がドルに対して弱くなっていたら、世界銀行からの借入金返済は大きな重荷になっていたはずである。

[*9] 世界銀行のHPに詳しいhttp://worldbank.or.jp/31project/
[*10] 1971年12月ワシントン・スミソニアン博物館での10か国蔵相会議で日本円の対米ドル為替レートは360円から308円に切り下げられた。それまでは日本円の対米ドル為替レートは360円に固定されていた。なお、スミソニアン会議から1年2か月後の1973年2月に変動相場制に移行する。

 さて、「新興国での為替リスク」の問題をまとめておこう。

  • 事業主体の為替リスクを避けるためには、借入金の通貨は事業収入の通貨に合わせる。
  • 新興国で行われる交通インフラ事業であれば、事業収入の通貨が同新興国の通貨になるわけであるから借入は同新興国の通貨で行うのが望ましい。
  • しかし、新興国の金融市場は未成熟で同国の通貨で、多額でかつ長期にわたる融資を受けるのは難しい。
  • 致し方なく、新興国で行われる交通インフラ事業の借入金の通貨はほとんど外貨になる。そうすると、事業主体は借入期間中ずっと為替リスクを負う。
  • 新興国が順調に経済成長を果たし同国通貨が外貨に対して強くなれば問題はないが、所期の経済成長が果たせず同国通貨が外貨に対して弱くなれば、為替リスクが顕在化する。

次 回  なぜ交通インフラ事業にプロジェクトファイナンスは難しいのか―第4回

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デロイト トーマツ|インフラ・PPPアドバイザリー(IPA)
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