【コラム】(プロファイバンカーの視座)第189回 プロジェクトファイナンス超入門(53)

2026.02.12 連載コラム

ナレッジパートナー:井上 義明


【借入金の通貨の選び方18~属地主義の限界】

前回はインドネシア、ベトナム、ウズベキスタン、サウジアラビア、エジプトといった国々の発電事業の事例(例6~10)を挙げて、借入金の通貨がすべて米国ドルであることを見てきました。そして、「これは一体どういうことでしょうか」と問いかけて終わりました。もちろん、この問いかけの背景には、これらのケースは前々回(第187回)に見てきた借入金の通貨選びに関する属地主義に反しているという共通点がありますね。念のため確認ですが、前々回(第187回)は英国、ユーロ圏、カナダ、ニュージーランド、シンガポールの発電事業の事例(例1~5)を挙げて、借入金の通貨がそれぞれの国の通貨であることを見てきました。

例1~5と例6~10はなにが違うのでしょうか。もうお分かりの方もいらっしゃると思います。それぞれの事業の所在国に注目してみましょう。例1~5は事業の所在国が英国、ユーロ圏、カナダ、ニュージーランド、シンガポールと先進国でした。一方、例6~10は事業の所在国がインドネシア、ベトナム、ウズベキスタン、サウジアラビア、エジプトと新興国(発展途上国)でした。例6~10のケースで仮に属地主義の考え方に基づき、それぞれの新興国(発展途上国)の現地通貨で借入をするとなると、なかなか厄介な問題にぶつかります。

どういう厄介な問題かと言うと、第一に、新興国(発展途上国)の通貨は一般に価値が不安定です。突然暴落することもあります。レンダー特に先進国のレンダーは、そういう価値の不安定な新興国(発展途上国)の通貨を使って融資の仕事をしたいとは通常思っていません。その理由は「融資のお金は一応戻ってきたけれど、円(あるいは米ドル)に直したら、損している」というような事態が起こるからです。通貨の価値が不安定だと、こういうことが起こります。

第二に、新興国(発展途上国)の通貨では大きな金額の融資、期間の長い融資が現実に提供できないという問題があります。これは新興国(発展途上国)の通貨の金融市場が未成熟のためです。例1~5も例6~10も発電事業の事例を挙げていますが、事業費用の規模はどれも大きくなりがちです。プロジェクトファイナンスによる融資の金額は通常総事業費の約7割程度ですが、それにしても仮に総事業費が1,000億円相当だとすれば、融資の金額も700億円相当と大きな金額になります。さらに、発電事業であれば、融資の期間も20年相当が普通です。融資期間20年、融資金額700億円相当という資金を現実問題として新興国(発展途上国)の通貨で調達することができない、ということです。そもそも、新興国(発展途上国)の現地通貨を主として取り扱う新興国(発展途上国)の国内の金融機関(例えば銀行)は経営規模が大きくないですよね。新興国(発展途上国)の金融市場が未成熟だというのは、新興国(発展途上国)の国内の金融機関の経営規模が大きくないということとほぼ同義です。

以上のような問題があるため、例6~10のような新興国(発展途上国)の発電事業では米国ドルで借入を行っています。米国ドルであれば(他の先進国の通貨もほぼ同様ですが)、融資期間20年であろうが、融資金額700億円相当であろうが、その調達に全く問題がないからです。

最後にもう1点重要な点を見ておきましょう。それは例6~10の発電事業の事業収入の通貨は何の通貨なのかという点です。例6~10の発電事業の借入金の通貨は米国ドルです、とお話してきたわけですが、例6~10の発電事業の事業収入の通貨については明言してきませんでした。例6~10の発電事業の事業収入の通貨はどうやって決まるのでしょうか。そうですね、独立発電(IPP)事業者と電力の購入者(オフテイカー)との間で締結される売電契約(PPA)の中で決まります。売電契約(PPA)の中で電力代金は何らかの通貨で規定されています。例6~10の発電事業の売電契約(PPA)の中では、電力代金は米国ドルで規定されているはずです。従って、例6~10の発電事業の事業収入の通貨は米国ドルです。事業収入の通貨が米国ドルのおかげで、借入金の通貨は難なく米国ドルを選ぶことができるわけです。これまでお話してきた「事業収入の通貨=借入金の通貨」が実現するからです。

ちなみに、例6~10の発電事業の電力の購入者(オフテイカー)はたいがい当該国の国営電力会社です。これらの国営電力会社がPPAで、電力代金を米国ドルで規定することに合意していることになります。なぜ、これらの国営電力会社は電力代金を米国ドルで規定することに合意するのでしょうか。これらの新興国(発展途上国)の国営電力会社にとって、電力代金を米国ドルで規定することは自ら望んで行うことではありません。これらの新興国(発展途上国)の国営電力会社の本音は電力代金を自国通貨(インドネシアルピア、ベトナムドン、ウズベキスタン・スム、サウジ・リヤル、エジプト・ポンド)で規定することだと思います。しかし、電力代金を米国ドルで規定しないと、外国の電力事業家がこれらの国の電力事業に参入してこないんですね。仮にこれらの国営電力会社が電力代金を自国通貨で規定したと仮定してみましょうか。果たしてどうなるでしょうか。まず外国の電力事業家は誰も参入してこないでしょうね。外国の電力事業家が参入してこない主な理由は、さきほど説明した新興国(発展途上国)通貨の問題です。つまり、新興国(発展途上国)通貨は価値が不安定、さらに新興国(発展途上国)通貨では資金調達ができない、ということです。

例1~5の発電事業の事業収入の通貨についても確認しておきましょう。例1~5の発電事業の所在国はそれぞれ英国、ユーロ圏、カナダ、ニュージーランド、シンガポールでした。それぞれの売電契約(PPA)は電力代金について、それぞれ英国ポンド、ユーロ、カナダドル、ニュージーランドドル、シンガポールドルで規定されているはずです。従って、例1~5の発電事業の事業収入の通貨はそれぞれ英国ポンド、ユーロ、カナダドル、ニュージーランドドル、シンガポールドルです。事業収入の通貨がそれぞれ英国ポンド、ユーロ、カナダドル、ニュージーランドドル、シンガポールドルなので、借入金の通貨もまたそれぞれ英国ポンド、ユーロ、カナダドル、ニュージーランドドル、シンガポールドルを選んでいるわけです。例1~5でも「事業収入の通貨=借入金の通貨」が見事に実現しています。

(次回に続く)

プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明

*アイキャッチ UnsplashLeo Capが撮影した写真

【バックナンバー】
【コラム】(プロファイバンカーの視座)第188回 プロジェクトファイナンス超入門(52)
【コラム】(プロファイバンカーの視座)第187回 プロジェクトファイナンス超入門(51)
【コラム】(プロファイバンカーの視座)第186回 プロジェクトファイナンス超入門(50)
【コラム】(プロファイバンカーの視座)第185回 プロジェクトファイナンス超入門(49)
【コラム】(プロファイバンカーの視座)第184回 プロジェクトファイナンス超入門(48)
【コラム】(プロファイバンカーの視座)第183回 プロジェクトファイナンス超入門(47)
【コラム】(プロファイバンカーの視座)第182回 プロジェクトファイナンス超入門(46)
【コラム】(プロファイバンカーの視座)第181回 プロジェクトファイナンス超入門(45)
【コラム】(プロファイバンカーの視座)第180回 プロジェクトファイナンス超入門(44)
【コラム】(プロファイバンカーの視座)第179回 プロジェクトファイナンス超入門(43)

, , , , , , ,


デロイト トーマツ|インフラ・PPPアドバイザリー(IPA)
ISS-アイ・エス・エス

月別アーカイブ