【コラム】(プロファイバンカーの視座)第182回 プロジェクトファイナンス超入門(46)

2025.10.23 連載コラム

ナレッジパートナー:井上 義明


【借入金の通貨の選び方11~為替の問題】

前回はケーススタディの豪州風力発電事業会社の事業収入と事業支出の通貨がそれぞれどうなるのか、図を利用してまとめてみました。図示することによって、視覚的に理解することができ、そのおかげで理解も深まり、さらに記憶にも残りやすいかと思います。前回のポイントは、「借入金返済」の通貨は事業会社(の経営陣)が選ぶ必要があるという点です。そして「借入金返済」の通貨を選ぶというのは、借入をするときに借入金の通貨を選ぶということです。この豪州風力発電事業のケーススタディでは、豪州ドルでの借入を意識して選択しなければいけません。この借入金の通貨を選ぶときのポイントは、事業収入の通貨と同じ通貨で借入を行うということです。

さて、コラム第175回でご紹介した豪州風力発電事業のケーススタディの正解は以上の通りですが、コラム第176回では「間違っているが、よくある解答例」というのを2つご紹介しておりました。今回からこの2つの解答例について見てゆきたいと思います。なぜ、この2つの解答例は間違っているのか、あるいは間違ってしまうのか、という点に留意してみてゆきましょう。

まず「間違っているが、よくある解答例1」ですが、この「解答例1」では日本円で借入をする、としました。その理由は、日本円の借入金利の水準が最も低いからというものでした。「借入をするなら、借入金利が最も低いものがいい」という判断は、必ずしも間違いではありません。ただし、この判断が有効なのは「為替の問題が存在しない場合」です。例えば、日本で働いて、日本円で収入を得て、日本で生活しているサトウさん(従って、生活支出もすべて日本円)がいるとします。この人が家を購入するために住宅ローンを借りるとします。このときに(返済期間、返済方法、手数料など他の条件が同じだとすれば)借入金利の水準に注目して、「最も借入金利の水準が低い住宅ローンを選ぶ」という判断をするかと思います。この判断は間違っていません。なにかモノを買うときも同様です。全く同じモノであれば、最も価格の安いモノを選ぶのは経済合理的です。

ここで改めて確認ですが、サトウさんは住宅ローンをなんの通貨で借りるのでしょうか。この場合迷う余地なく、日本円ですよね。サトウさんの収入はすべて日本円。そしてサトウさんの住宅ローンも日本円。ここで収入の通貨と借入金の通貨が一致しています。こういう例の状態にあることを「為替の問題が存在しない場合」と言います。「為替の問題が存在しない場合」には、借入金は(返済期間、返済方法、手数料など他の条件が同じだとすれば)借入金利の水準が最も低いものを選ぶのが経済合理的です。

そうすると、日本円で借入をするとした「解答例1」の考え方は、何がまずかったのでしょうか。やや理屈っぽく言うと、「為替の問題」と「金利の問題」の処理の順番を間違えたということです。海外事業における借入あるいは海外におけるファイナンスでは、まず「為替の問題」を解決すべきです。「為替の問題」をしっかり解決したうえで、次に「金利の問題」に取り組むべきです。「為替の問題」を解決せずに(あるいは後回しにして)、いきなり「金利の問題」に取り組んでしまったというのが「解答例1」だということになります。

さて、「解答例1」を下記に図示してみましょう。図示してみると、違和感が見える化できるかと思います。

【豪州風力発電事業会社の収入と支出の通貨 – 借入金が日本円の場合】

上記の図をご覧いただくと、何がまずいのか分かりますよね。
この事業会社は借入金の返済の為に豪州ドル収入の一部を定期的に日本円に両替をしなければなりません。その金額規模はけして小さくなく、(図表からの目算ですが)収入の半分を超える規模です。そして、さらに重大なのはその期間です。借入金返済の為に豪州ドル収入の一部を日本円に両替をしなければならない期間はどのくらいになるでしょうか。返済期間の間ずっと続きます。ケーススタディの風力発電事業では返済期間は18年です。ということは、この事業会社は18年の長きにわたって、豪州ドル・日本円の両替を続けることになります。従って、18年の長きにわたって為替変動リスクを負うことになります。為替変動リスクというのは、期間が長くなれば長くなるほどリスクは大きくなるものです。従って、このような為替変動リスクは事業会社(借主)もレンダーもけして取ってはいけません(注)

(次回に続く)

注)
このケースでも「仮に将来豪州ドルの価値が相対的に上昇したら、日本円の借入金を容易に返済することができて事業会社にとっては良い結果になるのではないか」と考える方がおられます。そういう方には「仮に将来豪州ドルの価値が相対的に下落してしまったら、どうしますか」と問い返すしかありません。事業会社の使命は事業から収益を上げることです。為替変動リスクは(できるだけ)遮断するのが王道です。

プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明

*アイキャッチ UnsplashJiamin Huangが撮影した写真

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