【コラム】(プロファイバンカーの視座)第10回 為替リスクの3つの視点

2018.08.23 連載コラム

ナレッジパートナー:井上 義明


新興国の通貨が下落している。トルコ・リラは米ドルに対して年初来40%以上下落している。アルゼンチン・ペソも30%以上下落している。ロシア・ルーブル、ブラジル・レアル、南アフリカ・ランドなども10%近い下落である。トルコは日本企業の進出も多い。トルコ・リラが短期間にこれだけ下落すると、事業への影響が懸念される。トルコの最大都市イスタンブールでは外国人観光客が欧米系のブランド店に押し寄せているという。トルコ・リラの急激な下落のため、シャネル、ルイヴィトン、ディオールといったブランド品が安く買えるからだという。

外国人観光客にとっては訪問国の通貨が下落すると買い物等でメリットを感じるかもしれないが、通貨の下落は基本的に同国に進出している外国資本の現地企業にとって収益面で甚大な負の影響を与える。現地通貨建てでの売上金は、その通貨の価値が減少した分だけ米ドルや日本円に換算したときに目減りする。黒字だった事業が赤字になりかねない。

外国で事業を行なうということは常に「為替リスク」がつきまとうものである。「為替リスク」とは、もちろん異通貨間の交換に伴う損失発生のリスクのことである。さて、海外事業では「為替リスク」の問題を避けて通ることはできないが、この「為替リスク」の問題は少なくとも3つの視点で見ることができる。

1つ目は親会社からの視点である。親会社が現地子会社を設立して事業を起こそうとすれば、出資金を拠出する。その出資金は、日本企業の場合であれば日本円を現地通貨に交換して出資することになろう。現地企業を買収する場合も同様である。出資金拠出や買収資金拠出の際に当該国の通貨を調達する。タイミング次第では現地通貨を少しでも安く手に入れることもできる。ソフトバンクが米国携帯会社スプリント社を買収する前後に、為替予約を活用して米ドルを比較的安く調達したと言われている。また、現地子会社が配当を支払うようになれば、親会社はこれを受領する。配当金は当該国の通貨で支払われる。そうすると、現地通貨建てでは同額であったとしても、為替相場次第で日本円に換算したときの金額は変動する。「為替リスク」の親会社の視点とは、すなわち出資金や配当金に関わる為替相場変動のリスクのことである。

2つ目は現地の事業会社レベルの視点である。事業会社における「為替リスク」は、事業収入の通貨と諸々の支払金の通貨が一致しているかどうかという視点である。諸々の支払金の中では通常借入金の返済は比重が大きい。そうすると、借入金の返済は事業収入の通貨で行えることが望ましい。事業会社に対してノンリコースで融資を行うプロジェクトファイナンスでは、事業会社レベルで借入金の通貨が事業収入の通貨に一致しているかという点に留意している。両者が一致していれば、事業会社は事業収入の通貨で借入金を返済できる。そうすれば、事業会社レベルでの「為替リスク」はほぼ回避できる。

3つ目はカントリーリスクとしての「為替リスク」である。これも新興国で発生しやすい。新興国政府は稀に同国の通貨と外貨の交換を制限することがある。外貨との交換を制限されてしまうと、当該国で事業をする者にとっては影響が大きい。しかも、外貨交換が制限される場合というのは、大抵当該国の通貨が下落しているときである。外貨交換の制限は当該国の通貨下落を防衛する目的が多い。なお、カントリーリスクとしての「為替リスク」はカントリーリスク保険(例えば日本貿易保険の投資保険など)でカバーすることが可能である。

1つ目の親会社視点での「為替リスク」は避けるのが難しい。海外事業を行なうということは出資金や配当金に関わる「為替リスク」を負うということであろう。2つ目の事業会社レベルの「為替リスク」は事業収入の通貨と借入金の通貨を一致させることでほぼ回避することができる。3つ目のカントリーリスクとしての「為替リスク」はカントリーリスク保険で対応できる。

「為替リスク」が侮れないのは、為替相場の変動幅が小さくないからである。事業の収益率で、例えばIRR(Internal Rate of Return)を15%上げるのは容易ではないが、為替相場が15%変動するのは冒頭の例のように甚だ容易である。

プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明

*アイキャッチ Photo by Blaque X on Unsplash  

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