【コラム】(プロファイバンカーの視座)第7回 借入金の通貨

2018.07.12 連載コラム

ナレッジパートナー:井上 義明


数年前ソフトバンクが米国の携帯電話会社スプリント社を買収した際、買収資金調達のため借入を行った。その借入金は一部米国ドル建てであった。なぜ借入金の一部を米国ドル建てにしたのであろうか。当時偶々数名の知り合いと昼食を摂りながら、この話題で話をしていた。そこにはファイナンスの研究者もいて、議論が盛り上がった。筆者の答えはシンプルである。「スプリント社を買収すると、かなりの米国ドル建ての事業収入が入ってくるから」である。もっとも、そのとき全員の賛同は得られなかった。

もちろん、他にも理由は考えられる。しかし、借入金というものは、原則借りた時と同じ通貨で返済しなければならない。返済のことを考えると、その通貨での収入があることが望ましい。米国ドルでの事業収入があるなら、米国ドルでの借入は問題ない。万が一、米国ドルでの事業収入がないとすると、返済の都度米国ドルを購入しなければならなくなる。返済の都度米国ドルを購入するとなると、そのときどきの為替相場に翻弄される。これでは為替相場の変動リスクを負うことになってしまう。

外資系金融機関に勤務していた時には、片手間ではあるが、外国航空会社向け航空機リースの業務にも携わった。航空機リースでは、出資金を拠出する投資家とローンを行う融資家から資金調達をする。ローンを行うのは銀行の場合が多い。このローンの通貨であるが、外国航空会社の場合米国ドルで行うことが多いものの、他通貨で行うこともある。例えば日本円でのローンもある。日本円でのローンを利用する外国航空会社は、通常日本円での事業収入があることが前提である。さもないと、返済の都度日本円を調達しなければならなくなり、為替相場の変動リスクを負うこととなる。日本に乗り入れしている外国航空会社であれば、当然日本でも航空券の販売を行っており、日本で販売した航空券の販売収入は日本円である。従って、日本円での販売収入の範囲内で、ローンを日本円で行うことは問題ないということになる。

筆者はオーストラリアの金融機関に勤務していたので、オーストラリアのプロジェクトファイナンス案件を観る機会は多かった。オーストラリアでのプロジェクトファイナンス案件を「借入金の通貨」という観点でみると、実は大きく2つに分かれていることに気付く。一つは米国ドルによる借入を行う案件である。もう一つは豪州ドルによる借入を行う案件である。さて、何を基準に「借入金の通貨」を米国ドルか豪州ドルかに決めるのであろうか。それは「事業収入の通貨」である。例えば、鉄鉱石や液化天然ガス(LNG)などの資源開発案件は、生産物を原則輸出するので事業収入は米国ドルが占める。だから、借入金の通貨も米国ドルにする。また、オーストラリアはPPP(Public Private Partnership)案件の多い国であるが、淡水化事業や次世代路面電車(LRT)などのPPP案件では事業収入が豪州ドルになる。また、同国内の風力発電など再生可能エネルギー案件の事業収入も豪州ドルになる。従って、借入金の通貨も豪州ドルにする。つまり、「事業収入の通貨」と「借入金の通貨」とを一致させるのが鉄則である。

最後にもう一例ご紹介したい。それはタイでの発電(IPP)事業である。タイでの発電事業では通常タイの国営電力会社に電力を買い取ってもらう。タイの国営電力会社は電力代金を米国ドルとタイバーツの両通貨で50%ずつ支払う。ということは、IPP事業者にとって事業収入は米国ドル50%、タイバーツ50%ということになる。この場合、借入金の通貨はどうすれば良いのだろうか。実務の世界ではすでに解が出ている。事業収入が米国ドル50%、タイバーツ50%なのだから、借入金の通貨も米国ドル50%、タイバーツ50%にするということである。タイの発電事業でも「事業収入の通貨」と「借入金の通貨」は見事に一致している。

プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明

*アイキャッチ Photo by Weyne Yew on Unsplash

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