【コラム】(プロファイバンカーの視座)第8回 借入金の通貨 - 新興国の場合

2018.07.26 連載コラム

ナレッジパートナー:井上 義明


前回「借入金の通貨」の問題を採り上げた。その際、「借入金の通貨」は「事業収入の通貨」に一致させるのが鉄則であるとした。ソフトバンクが米国の携帯電話会社スプリント社を買収したときの例、外国航空会社の航空機リースの例、オーストラリアの例、タイの発電案件の例などを挙げて説明をした。さて、「事業収入の通貨」と「借入金の通貨」とを一致させるのが良いというのは分かる。しかし、両者を一致させることができない場合だってあるのではないか。そういうときはどうすれば良いのか。

「事業収入の通貨」と「借入金の通貨」とを一致させたいのだけれども、現実にはなかなかできない、という事態は実際に起こる。典型的な例は新興国の案件ではないだろうか。新興国の案件では「事業収入の通貨」がその新興国の現地通貨になることが多い。インドネシアであればインドネシア・ルピア、ベトナムであればベトナム・ドンといった具合である。例えば、インドネシアの事業投資案件で事業収入がルピアになる場合、「事業収入の通貨」と「借入金の通貨」とを一致させるためには、借入金はルピアで行うのが望ましいということになる。

ここで新たに問題となるのは、そういった新興国の現地通貨で借入を行うことができるのかという問題である。上記の例では、インドネシア・ルピアで十分な借入はできるのかという問題である。特に事業投資の案件ともなれば、規模は大きくなり回収期間も相応長くなる。そうすると、借入の金額も大きくなり借入期間も長くしたい。しかし、新興国の金融市場は発展途上であるので、現地通貨での借入は金額が大きくなればなるほど、融資期間も長くなればなるほど、難しい。日本円換算で数百億円規模の借入や融資期間が10年を超える借入などはほとんど不可能である。なお、前回タイバーツの例を挙げたが、この文脈ではタイはもはや新興国ではない。今や中進国である。現在のタイでは現地通貨タイバーツでの借入が多額かつ長期に行えるようになっている。この点、東南アジアの中でも優等生である。

さて、新興国では通常現地通貨での十分な借入はできない。そうすると、「事業収入の通貨」と「借入金の通貨」とを一致させるには、「事業収入の通貨」の方を工夫するしかない。そこで、新興国の発電(IPP)案件で見られるのは、電力代金の支払い通貨を現地通貨とするものの、支払いの都度最新の対米国ドル相場にリンクしたものとする、という手法である。これはいわば「現地通貨払い・米国ドルリンク」ということである。電力代金の支払い通貨は現地通貨を用いてはいるが、支払われる現地通貨の価値を常に米国ドルにひもづけるわけである。そして、現地通貨で電力代金を受け取るIPP事業主は、受け取り次第速やかに米国ドルに換金する。万が一現地通貨を保有し続けて暴落でも発生したら損害を蒙るので、現地通貨は抱え込まないように努めている。この「現地通貨払い・米国ドルリンク」の手法は、新興国における通貨の問題を解決する一手法である。

新興国の発電(IPP)案件では、この手法で外資の誘致やプロジェクトファイナンスの利用に成功している。もっとも、この手法は新興国の通貨が下落してくると、新興国側の支払いの負担が増加する。そういう負の面もあるためか、新興国の他の事業、例えば鉄道や道路等の交通インフラ事業などにまで広くこの手法は採り入れられていない。従って、新興国の交通インフラ事業は事業収入が現地通貨に占められ、外資の誘致やプロジェクトファイナンスの利用に苦心している。新興国の交通インフラ事業の難しさはもちろん他にも要因があるが(例えば需要のリスク)、「事業収入の通貨」の問題も見逃せない要因である。

プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明

*アイキャッチ Photo by Dan Freeman on Unsplash

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