前回のコラムで記載した通り、インフラのグリーンフィールド案件においては、多くの関係者にとって、ファイナンス・クローズ(Finance Close)の達成が大きなマイルストーン(節目)となる。

スポンサーとして新規インフラ案件開発を行うデベロッパーは、仕込みから長い交渉期間を経て獲得した随意契約案件、厳しい競争を勝ち抜いた入札案件のいずれであっても、(ウェット)ファイナンス・クローズの達成と共にデベロップメント・フィーを獲得するケースが多い。ファイナンス組成をリードしたレンダーは、MLA(Mandated Lead Arranger)として、アップフロント・フィーを獲得。開発期間中は比較的安いリテーナー・フィー(月額いくら等の固定報酬のケースが多い)で、スポンサーの時に無茶な要求(!)にも耐えて頑張ったファイナンシャル・アドバイザーも、サクセス・フィー(成功報酬)を得る(いずれもプロジェクトコストの一部として、プロジェクトカンパニーが支払うのが一般的)。担当者個人としても、苦労が報われる・達成感が感じられる瞬間である。プロフェッショナル・ファームや成果報酬の要素が強い人事・報酬形態であれば、その年の個人の報酬にも相応に反映されるだろう。

このようにデベロッパーや金融機関のフロント担当者にとっては、ファイナンス・クローズ達成が目指すべき(短期的な)ゴールになり、ゴールを達成すれば、次の新規案件の入札準備やマンデート獲得を目指すことになる。ファイナンス・クローズ達成を機に、スポンサー内では、新規案件開発を担う部署から既存案件(ポートフォリオ)管理を担う部署に、レンダー内では、フロントからミドルオフィスに、担当が変更になるケースも多い。このため、デベロッパーや金融機関のフロント担当者は、プロジェクト所在国で、あるいはプロジェクトカンパニーで日々どのような営みが行われているか、ファイナンス・クローズ達成後に気に掛ける機会は少ないかもしれない(案件がうまく行っている限りにおいては!)。

だがファイナンス・クローズ達成後、数年間に及ぶインフラ施設の建設期間と、建設後10年から場合によっては20年超の長期間に及ぶ事業運営を行うプロジェクトカンパニーにとっては、ファイナンス・クローズはゴールではなく、長い事業期間の始まりに過ぎない。

プロジェクトファイナンスの融資契約上、プロジェクトカンパニーは特定のプロジェクトのみを行うことが求められており、この観点からプロジェクトSPC(Special Purpose Company)やSPV(Special Purpose Vehicle)と呼ばれることがある。しかしながら、これらの用語は、事業の目的が特定・制限されているという性質を示すものであって、プロジェクトカンパニーが、実態のない導管体としてのペーパーカンパニーであることを意味しない。プロジェクトカンパニーは、プロジェクト所在国の会社法に則り設立され、株主、取締役、株主から選任された経営者、従業員のいる実態のある法人であるケースが多い。

ということは、インフラのグリーンフィールド案件のプロジェクトカンパニーの設立・運営にあたっては、通常の法人と同様の手続きが必要になるということである。具体的には、ファイナンス・クローズ達成前に(比較的少額の資本金で)会社の設立登記を行い、株主間協定書で各株主の出資比率や、議決権、取締役の人数等を規定。CEOやCFO等の主要経営陣を選定・選任するとともに、ファイナンス・クローズ達成後(あるいは達成が確実になった段階で)、従業員の採用や、オフィスの確保、会社規定の整備、IT(自社メールアドレス、サーバー等)の整備等が必要になる。

これらの実務は、インフラ案件のプロジェクトカンパニーに限った話ではないため、プロジェクトファイナンスやインフラ投資の専門書では詳細の解説はあまり見当たらないものの、実務の現場で事業運営を円滑にスタートにするには極めて重要である。なお株主間協定書や銀行口座開設、建設保険の手配等は、CP(Conditions Precedent、貸出先行要件)になっているケースが通例である。

このように、プロジェクトカンパニー設立・運営の実務というのは、キャッシュ・フロー・モデルにインプットとして入力する想定インフレ率や為替レート等の各種マクロ指標や、モデルのアウトプットとして算出されるIRR、DSCR等の各種指標、Information Memorandumに記載されるストラクチャー図等、抽象化された数字・概念とは異なり、生身の人間の顔が見える、人間臭い作業である。

次回以降のコラムでは、こうしたプロジェクトカンパニー設立時の留意点や、ローン・増資実行等のプロジェクトカンパニー側での実務手続き等について、記載する予定である。インフラトの読者諸氏の中で、現在実際にプロジェクトカンパニーの設立・運営の実務に携わっている方は必ずしも多くないと思われるが、デベロッパー、レンダー、アドバイザー(あるいはEPCコントラクターや自治体、研究者)等の立場におられる方にとっても、プロジェクトカンパニー(プロジェクトファイナンスにおける借入人)で実際に行われている実務の一端を知って頂くことで参考になれば幸いである。

注)本稿の内容や意見は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。
  コラムで取り上げて欲しいテーマがあれば、プロフィールに記載の連絡先まで個別にご連絡下さい。

桶本賢一

【バックナンバー】
【コラム】(インフラプロジェクト事業開発・運営の現場から)第2回 プロジェクトカンパニーの設立と運営(1)
【コラム】(インフラプロジェクト事業開発・運営の現場から)第1回 キャッシュ・フロー・モデル(実践と座学の組み合わせによる実務能力向上)

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