【コラム】(プロファイバンカーの視座)第14回 PPPと雇用制度

2018.10.25 連載コラム

ナレッジパートナー:井上 義明


先般国内PPPに関するコンフェレンスに参加した。地方自治体の職員の方々の参加が過半で、残りは地方銀行、民間企業、研究者等が占めていた。議論の中で「自治体の側にPPPの知識・経験を有する人材が不足している」という指摘が散見された。例えば、民間企業の方が「案件の進捗中に自治体の担当者が変わる。新任の方はPPPの仕事が初めてという場合も少なくない」とも指摘している。

PPP(Public Private Partnership)は、これまで「官」が提供してきた行政サービスを民間の知恵やノウハウを取り入れて、同じコストならより良いサービスを、同じサービスならより低いコストで、いわゆる「バリュー・フォー・マネー(Value for Money – VFM)」の創出を企図している。官民協力、官民連携というような表現もされる。そもそもPPPが対象としているのは「行政サービス」である。従って、PPPの成功には「官」の側のリーダーシップが重要である。自治体が良いアイデアを出し、実現のために先陣を切らないといけない。

しかし、「官」特に自治体にそういう人材が不足している。日本で最初のPFI法が成立したのが1999年なので、官民協力の必要性が叫ばれてからまもなく20年になる。どうして「官」の側に人材が育たないのであろうか。突き詰めると日本の雇用制度にまで行き着くのではないかと思う。どういうことかというと、各自治体では定期人事異動がある。ひと通りのPPPの知識が身についてきた頃には異動である。定期人事異動がある限り、自治体側でPPPの専門家が育つ可能性は高くない。

さて、外国ではどうしているのだろうか。英国や豪州のPPP先進国では「官」が民間から人材を積極的に登用している。金融機関やコンサルタント会社で活躍している人材を中途採用している。中途採用された人達はそのまま自治体に勤務し続けるというわけでもない。契約期間が過ぎると、契約を更新することもあれば契約期間満了で退職することもある。退職の場合には後任を再び民間市場から採用する。民間の専門家は自治体側で働いた経験を活かし、再び民間で活躍する。民間で実績を積んだ専門家が自治体側で働くようになれば、自治体としては心強い。具体的な案件が成約しやすい。具体的な案件がPPPとして成立すればVFMの成果が出てくる。民間出身の専門家には相応の報酬(給与)を支払わなければならないが、成約した個々の案件から得られるVFMに比べたらけして高いものではない、と考えているようである。

日本ではなぜ自治体がもっと民間の専門家を中途採用してPPPを推進しないのだろうか。いろいろな理由が考えられるが、基本的には日本の雇用制度がネックになっていると思う。日本の終身雇用制度がまだ確固として存在しているので、労働市場の流動性が低い。労働市場の流動性が低いと、思うような人材を思うようなタイミングで市場から登用するのが難しい。

やや大袈裟になるが、労働市場の流動性が低いと、社会の変化に対応するのが甚だ困難である。PPPの例はその一例であろう。民間企業でも労働市場の流動性の低さが遠因となって人材の調達に四苦八苦している現状がある。さらに、人材の調達に苦労するだけではなく、人材を外国企業に引き抜かれてしまうというような事例さえ日本の一部の業界では起こっている。冒頭のコンフェレンスでは「日本のPPPの問題点の中に日本の雇用制度や労働市場の流動性の問題が潜んでいる」という指摘はなかったが、根本的な要因の一つとして認識しておく必要がありそうである。

プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明

*アイキャッチ Photo by Paddy Kumar on Unsplash

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