2025.01.13
【コラム】(プロファイバンカーの視座)第161回 プロジェクトファイナンス超入門(25)
2024.12.12 連載コラム
【欧州・日本の銀行は手数料ビジネスに行かないのか】
前回は「なぜ銀行はバランスシートを大きくするとまずいのか」というお話を少し掘り下げてみました。「その理由はまず金融危機時に不良債権が増え、破綻の危険が高まるからであり、平常時でも総資産利益率や自己資本比率が低下するからである」とご説明しました。自己資本比率の高い銀行は株価純資産倍率も1.0を上回り、株式市場での評価が高い傾向があります。一方、自己資本比率が低い銀行は株価純資産倍率も1.0を下回り、株式市場での評価が低い傾向があります。
前回は具体的なデータに基づいて、米国の主要銀行は自己資本比率が高く株価純資産倍率は1.0を上回り、株式市場での評価が高い一方、日本のメガバンクは自己資本比率が低く株価純資産倍率は1.0を下回り、株式市場での評価が低いという点を指摘しました。米国の主要銀行と日本のメガバンクの彼我の差はなかなか大きいです。今後この差は縮小できるのかどうか、注目してゆきたいところです。
ここでプロジェクトファイナンス業務のリードアレンジャー・トップ行の話に戻したいと思います。米国の銀行はM&Aや証券化業務のような手数料ビジネスに注力し始めて、プロジェクトファイナンス業務への力の入れ具合を緩め、プロジェクトファイナンスのリードアレンジャー・トップ行に名前が出ることがほとんど無くなった、という話に戻したいと思います。誤解のないように申し上げると、米国の銀行がプロジェクトファイナンスをやらなくなったわけではありません。米州(北米、中米、南米)のマーケットではいまでもプロジェクトファイナンスをやっています。しかし、それ以外のマーケットすなわち欧州、アジア、中東などのマーケットで米国の銀行が活発にプロジェクトファイナンスをやっている姿はほとんど見かけなくなりました。米国の銀行はグローバルにはプロジェクトファイナンスをやっていないということになります。
さて、ここでさらに疑問が出てきた方もおられるのではないでしょうか。どういう疑問かというと、米国の銀行が手数料ビジネスに注力してプロジェクトファイナンスにあまり熱心でなくなったのは分かったが、「欧州や日本の銀行はどうなんだ」という疑問です。つまり、「欧州や日本の銀行は米国の銀行のように今後徐々にプロジェクトファイナンスから離れ、手数料ビジネスに行ってしまわないのか」という疑問です。これはなかなか興味深い問いかけだと思います。さあ、みなさんはどうお考えになりますか。
まず一般論で申し上げると、銀行が手数料ビジネスを増やそうとしているのは世界中で共通した経営方針です。プロジェクトファイナンスを含めた融資業務は銀行業務の基本的な業務ではありますが、前回指摘した通り、融資残高を増やすだけの銀行経営では限界があります。融資残高を無暗に増やすと、金融危機が起こった時に破綻の危険が高まります。自己資本比率が低下して株式市場での評価が上がりません。従って、銀行は融資残高(バランスシート)を増大させずに収益を上げたいと常々思っています。
その方法が手数料ビジネスを増やすということです。手数料ビジネスを増やすという点で、昨今の日本の銀行の日本国内での営業振りを見てみると、個人顧客向けに投資信託の販売に注力したり、中小企業オーナーの承継事業に注力したりしています。投資信託の販売は完全に手数料ビジネスですし、中小企業オーナーの承継事業も概ね手数料ビジネスです。
以上の一般論を踏まえたうえで、「欧州や日本の銀行は米国の銀行のように今後徐々にプロジェクトファイナンスから離れ、手数料ビジネスに行ってしまわないのか」という問に対する解答を考えていきましょう。欧州の銀行も日本の銀行も、米国の銀行のように大型のM&Aや証券化業務で大口の手数料を稼ぎたいとは思っています。しかし、大型のM&Aや証券化業務を思うように取れないというのが実情です。一例として、M&Aのフィナンシャル・アドバイザー業務の実績のデータを見てみましょう。
【M&Aフィナンシャル・アドバイザー業務の実績】(注1)
上記の第1位から第10位までのランキング表は2024年1月から9月までの9か月間のM&Aフィナンシャル・アドバイザーの実績です。いかがでしょうか。米国勢が圧倒していますよね。上位5社は米国の大手金融機関(Goldman Sachs、Morgan Stanley、JP Morgan、Citi、BofA Securities)が独占しています。第8位に英国のBarclays、第9位にスイスのUBSが辛うじて食い込んでいます。第6位のCenterview Partners、第7位のEvercore、第10位のPJT Partnersはいずれも米国ニューヨークに本拠を置く独立系のM&Aフィナンシャル・アドバイザーです。M&Aフィナンシャル・アドバイザー業務で実績を上げている上位10社のうち8社は米国勢だということです。
もっとも、米国勢がM&Aフィナンシャル・アドバイザー業務に強いという事実は、M&Aの仕事が米国に多いという事実に密接に関連しています。以下に、地域別のM&Aフィナンシャル・アドバイザー業務のデータを見てみます。
【地域別M&Aフィナンシャル・アドバイザー業務】(注2)
上記の円グラフから明らかなように、M&Aフィナンシャル・アドバイザー業務の半分以上が米州に存在しています。残りの半分がAsia Pacific & JapanとEMEA(Europe、Middle East, Africa)です。米国の金融機関は自国で活発なM&A業務で実績・経験を積んでいるのに加え、その実績・経験で米国以外の市場つまりAsia Pacific & JapanやEMEAでもM&Aフィナンシャル・アドバイザーの指名を積極的に獲得していると言えます。
本稿をまとめておきましょう。M&Aフィナンシャル・アドバイザー業務のような手数料ビジネスでは米国勢が圧倒的に強いです。欧州勢の一部が食らいついてはいますが、日本勢などはかなり劣勢です。こういう現状から考えると、当面欧州の銀行も日本の銀行もプロジェクトファイナンス業務に注力を続けるのではないでしょうか。
(注1)
LSEG Data & Analytics社のGlobal Mergers & Acquisitions Review First Nine Months 2024から筆者が作成。
データはAnnounceベースとCompleteベースの両方がありますが、本稿ではAnnounceベースを使用しています。AnnounceベースはM&Aフィナンシャル・アドバイザーに指名されたことを示し、CompleteベースはM&Aフィナンシャル・アドバイザーに指名され、かつそのM&Aが完了したことを示します。M&Aはさまざまな理由で(例えば政治的な理由などで)完了しないことがあるので、金融機関がM&Aフィナンシャル・アドバイザーの指名を獲得する力量を見るにはAnnounceベースを見るのが適当と判断しました。
(注2)
LSEG Data & Analytics社のGlobal Mergers & Acquisitions Review First Nine Months 2024から筆者が作成。
円グラフのAmericasは米州を指します。米州とは北米、中米、南米を包括しますが、M&Aフィナンシャル・アドバイザー業務に限って見ると、Americas(米州)の内訳は米国が90%、カナダが4%、中米・南米が6%で、圧倒的に米国が多いです。
プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明
*アイキャッチ UnsplashのLumin Osityが撮影した写真
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