2025.01.19
【コラム】(プロファイバンカーの視座)第158回 プロジェクトファイナンス超入門(22)
2024.10.24 連載コラム
【プロジェクトファイナンス市場を主導する銀行】
前回は1995年、2005年、2015年のプロジェクトファイナンスのリードアレンジャー上位5行(トップ5)を見てきました。最後に2023年のリードアレンジャー上位6行(トップ6)も見てきました。こういう上位のリードアレンジャー行の名前を時系列に見て、なにかお気づきでしょうか。あるいは少し疑問も出てきたでしょうか。
まずは上位のリードアレンジャー行がどこの国の銀行なのかという点に注目して、再度整理してみたいと思います。1995年、2005年、2015年それから2023年のプロジェクトファイナンスのリードアレンジャー上位行がどこの国の銀行なのかという点に注目して、一覧にしてみると、次のようになります。
【プロジェクトファイナンス市場 – リードアレンジャー・トップ行の推移】(注)
上記の表について、要点を絞って簡潔に要約してみましょう。
- 1995年は米国の銀行が優勢でした。それに肉薄していたのが欧州の銀行です。
- 10年後の2005年は欧州の銀行が席巻していました。米国の銀行はトップ5から消えました。
- 20年後の2015年は日本の銀行が上位を占めるようになりました。そこに分け入るように台湾とインドの銀行もランクされました。
- そして2023年は日本の銀行が引き続き名を連ねるのに加えて、欧州の銀行が戻ってきました。
(なぜ米国の銀行はリードアレンジャーの上位行でなくなったのか?)
さて、なぜ米国の銀行はプロジェクトファイナンス業務でリードアレンジャーの上位行でなくなったのか、という論点をまず見てゆきたいと思います。みなさんはどう思いますか。米国の銀行はプロジェクトファイナンス業務で欧州の銀行や日本の銀行との競争に負けてしまったからでしょうか。そうではありませんね。米国の銀行がリードアレンジャーの上位行でなくなったのは、プロジェクトファイナンス業務への力の入れ方を相対的に抑え始めたからです。欧州の銀行や日本の銀行との競争に負けたわけではありません。米国の銀行はプロジェクトファイナンス業務以外に魅力的な業務を発見し、そういう魅力的な業務に注力するようになったからです。
米国の銀行にとってプロジェクトファイナンス業務よりも魅力的な業務とはなんでしょうか。それはM&Aや証券化の業務です。M&Aの業務はご存知の通り、企業買収に関わる業務です。証券化の業務はローン等の債権を証券にして投資家等に販売する業務です。このM&Aの業務と証券化の業務に共通している特長は、いずれも手数料ビジネスだという点です。銀行のバランスシートを使用しません。M&Aの業務では短期間の間、買収資金を融資するケースもありますが、せいぜい1年以内の短期間の融資が普通です。その間に買収を行った企業は社債を発行したり増資をしたりして、買収資金として一旦銀行から借りた短期の融資を返済してゆきます。M&Aの業務で銀行が提供する短期の融資は、いわば「つなぎ融資」(英語でBridge loan)です。通常M&Aの買収資金の銀行の融資が長期間の融資になることはほとんどありません。
米国の銀行がプロジェクトファイナンス業務よりもM&Aや証券化の業務を魅力的に考える理由は、経済合理性があります。M&Aや証券化の業務は手数料ビジネスで、銀行のバランスシートをほとんど使用しないからです。上記の通り、M&Aの業務では短期間、買収資金を融資するケースもありますが、それは文字通り短期間に過ぎません。証券化業務に至っては融資を供与する必要はまずありません。
一方で、プロジェクトファイナンスという業務は融資業務そのものです。プロジェクトファイナンスとは「事業向け融資」であるというお話をしてきました。そして、プロジェクトファイナンスの融資について、その金額の規模と融資の期間にも注目してみてください。例えば、再生可能エネルギー(風力発電や太陽光発電)事業向けのプロジェクトファイナンスの例を見ると、海外のケースでは融資金額が数百億円から1千億円を超えるものもあります。LNG事業なら数千億円から1兆円に及ぶものもあります。融資の期間は概ねオフテイク契約の期間に準じますので、20年前後になります。つまり、プロジェクトファイナンスは「融資金額が大きく、融資期間は長い」ということです。
プロジェクトファイナンスのリードアレンジャー行になりますと、他の一般参加行よりも大きな金額を融資するのが普通です。リードアレンジャー行の融資金額が一般参加行の融資金額を下回るということは普通起こりません。そうしますと、プロジェクトファイナンスのリードアレンジャー行として上位行にランクされる銀行というのは、かなりの融資金額を積み上げているということです。加えて、プロジェクトファイナンスの融資期間は20年前後と長いですから、一旦積み上げた融資残高は約定返済を待たなければならず、短期間には減少しません。
「なぜ米国の銀行はプロジェクトファイナンス業務でリードアレンジャーの上位行でなくなったのか」という問いに対する答えをまとめてみたいと思います。米国の銀行の視点で答えると、こんな感じになります。
- プロジェクトファイナンスはやればやるほど融資残高が積み上がる。銀行のバランスシートが大きくなるばかりだ。
- できれば銀行のバランスシートを大きくすることなく、収益を上げたい。
- そのためには手数料ビジネスがいい。M&Aや証券化の業務に注力するのが賢明だ。
(次回に続く)
(注)
Project Finance International – League Tables 1995, 2005 & 2015およびLSEG Data & Analytics社のGlobal Project Finance Review Full Year 2023から筆者が作成。
プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明
*アイキャッチ UnsplashのAlison Pangが撮影した写真
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