【コラム】(プロファイバンカーの視座)第154回 プロジェクトファイナンス超入門(18)

2024.08.22 連載コラム

ナレッジパートナー:井上 義明


【プロジェクトファイナンス市場-セクター別2】

前回から2023年の世界のプロジェクトファイナンス市場をセクター別(業種別)に見ています。繰り返しになりますが、2023年の世界のプロジェクトファイナンス市場の規模は3,550億米ドル(約53兆円)で、プロジェクトファイナンスの案件数は989件に及んでいます。

前回掲載した円グラフをもう一度下記に示したいと思います。と言いますのは、2023年のプロジェクトファイナンス市場のセクター別データには興味深い兆候が見られるからです。

2023年プロジェクトファイナンス市場のセクター別内訳(金額ベース)(注1)

興味深い兆候と言いますのは、「石油化学(Petrochemicals)」です。上記の円グラフでは黄色で示している部分です。「石油化学」分野への融資総額は310億米ドルとなっています。「電力(Power)」「通信(Telecommunications)」「石油・ガス(Oil & Gas)」に次いでランキング第4位です。

まず、プロジェクトファイナンス市場のセクター別データで、「石油化学」の分野がこのように存在感を示すのは珍しいということを指摘しておきます。珍しい現象なので、私も少し調べてみました。その結果、次のようなことが分かりました。

  • カタールで石油化学プロジェクトがあった。
  • インドで石油精製所プロジェクトがあった。
  • サウジアラビアで水素プロジェクトがあった。

カタールの石油化学プロジェクトは、Qatar Energyと米国のChevron Phillips Chemical が推進しているRas Laffan Petrochemicalsプロジェクトです。エチレンとポリエチレンを製造する事業です(注2)。 プロジェクトファイナンスで約44億米ドルの資金を調達しました。

インドの石油精製所プロジェクトは、現地企業が推進するHPCL Rajasthan Refineryと称するプロジェクトです(注3)。プロジェクトファイナンスで約59億米ドルの資金を調達しました。石油製油所プロジェクトを「石油化学」のカテゴリーに入れるのには少々異論があるかもしれません。その是非はともかく、こういう事業が「石油化学」のカテゴリーに入っているために、「石油化学」の数字が大きくなっているということは指摘できると思います。

最後のサウジアラビアの水素プロジェクトは、米国Air Productsとサウジアラビア企業が推進するNEOM Green Hydrogenプロジェクトです。再生可能エネルギーで発電をし、その電気を使って水を電気分解して水素を生産します。いわゆる「グリーン水素」を生産するプロジェクトです。輸出するためにアンモニアにするようです(注4)。プロジェクトファイナンスで約63億米ドルの資金を調達しました。この水素プロジェクトを「石油化学」のカテゴリーに入れるのも少々異論があるかもしれません。

以上の大型案件3件で融資総額は約166億米ドルに達します。「石油化学」分野の融資総額310億米ドルの53%に及んでいます。これら3件の大型案件があったために、プロジェクトファイナンス市場のセクター別データで「石油化学」分野が存在感を示したわけです。

さて、興味深い兆候だと指摘しました理由をご説明します。それはサウジアラビアの水素プロジェクトのことです。これほど大型の水素プロジェクトにプロジェクトファイナンスが供与されたのは初めてのことです。初めての水素プロジェクト向けプロジェクトファイナンスだという点がまず大変興味深いです。『石炭や天然ガスから水素を生産する、いわゆる「ブルー水素」の事業が先行するのではないか、従って水素プロジェクト向けの最初のプロジェクトファイナンスは「ブルー水素」になるのではないか』と見る向きもありました。そういう予想を覆して、「グリーン水素」向けプロジェクトファイナンスが水素プロジェクト向け第1号となった点は喜ばしいことです。このサウジアラビアの水素プロジェクトでは、米国Air Productsとの間に期間30年のアンモニアのオフテイク契約があります(注5)。こういった長期のオフテイク契約が存在することによって、プロジェクトファイナンスでの資金調達を実現したのだと思います。

燃焼時に二酸化炭素を一切排出しない水素が、次代のエネルギーになるのはほぼ間違いないと思います。問題はどのくらいの時間軸で水素への移行が行われるのかという点です。そして、水素プロジェクトは投資額が大きくなります。多額の資金調達が必要です。今後水素プロジェクトの資金調達でプロジェクトファイナンスが利用される可能性は非常に高いです。そういうふうに見てゆくと、このサウジアラビアの水素プロジェクト向けにプロジェクトファイナンスが初めて実現したという事実は、5年後10年後になって振り返って見たときに「第1号は2023年のサウジの案件だったね」ということになるのではないか、と想像をたくましくしています。これが興味深い「兆候」と申し上げた理由です。

(注1)
LSEG Data & Analytics社のGlobal Project Finance Review Full Year 2023から筆者が円グラフを作成
(注2)
https://www.cpchem.com/ras-laffan-petrochemical-projectを参照。
(注3)
https://www.hrrl.in/aboutusを参照。
(注4)
https://nghc.com/news/neom-green-hydrogen-company-completes-financial-close/を参照。このサイトで当社が資金調達したプロジェクトファイナンスには「23行の金融機関が参加した」とあります。
(注5)
同上。このサイトに「米国Air Productsとの間に期間30年のアンモニアのオフテイク契約がある」と明記されています。

プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明

*アイキャッチ Unsplashekrem osmanogluが撮影した写真

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